NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

近松門左衛門(江戸元禄の浄瑠璃・じょうるり=人形劇の台本作家)の理念を、本人ではなく研究家がそう言っています。虚(作りごと)と実(本当のこと)の硲(はざま=狭間・間)に、作品世界を築くことですね。皮膜は「ひにく」とも読み、「皮肉」に通じています。紙一重(かみひとえ)でどちらでもあるような、「境界」(境目の世界)のこと。そう言えば、先日述べた2012センター評論の木村敏さんは、出題部分文章の象徴例の位置で、「自我境界」を引き合いに出しています。自分と他者の境界のことです。

近々、『冬物語2012』という短編小説を、飛び石で連載開始します。「虚実の皮膜」です。ぜひ感想をコメントして下さいね。


では、山椒魚・解説④「結論」(主題)です。

 作者は、昭和60年自選全集刊行の際に、作品最終節の大部分「山椒魚と蛙の和解的やり取り」を削除して、物議を醸(ぶつぎをかも)しました。老大家による長い時を越えての再編、定評を受け固定化されたはずの作品世界の改変でした。
 「友情を瞳にこめて」「今でもべつにお前のことをおこってはいないんだ」・・・こうした言葉は、何故(なぜ)不要になったのでしょうか。夫人であったかも知れない蛙との掛け合いに寄せて、是非とも記したかった奥さんへのメッセージは、その時点では、もうすっかり昇華(しょうか)されていた・・・と空想を飛躍させて、面白く味わってみましょう。象徴暗喩的作品の醍醐味(だいごみ)として、荒唐無稽(こうとうむけい~そんなばかなことあるはずがないのに~という虚実の皮膜)な読みもあっていいのです。
 勿論(もちろん)、山椒魚は“自閉的に佇(たたず)む読者自身”でもあります。その限りにおいて、『山椒魚』もまた、作者らしく、のったりと長生きし続けることでしょう。


寒い寒い寒い、「節分」ですね、今から「丸かぶりロールケーキ」を買いに行きます。

井伏鱒二さんが、長い生涯の伴侶となる奥様・節代(せつよ)さんと結婚した時の彼女の年齢です(井伏さんは29歳)。

亡(な)き女流作家・鷺沢萠(さぎさわめぐむ)さんがデビュー作『川べりの道』を書いたのも17歳でした。サギサワは、「水素材」の使い方の上手な人でした。現実なのか比喩なのか「私は水なしでは生きられない」という言葉が残っています。「川」も水素材ですね。・・・若く(35歳)して自ら命を絶った、一人の「天才」であったかも知れません、いずれこのブログで語ることにします。

天才といえば、フランスの「天才詩人」ランボー、彼も確か17歳で、生涯のほとんどの詩を書いてしまったと言われているんですね。こちらは37歳で病死しています。早熟で、早逝(そうせい早世・そうせつ早折=ようせい夭逝ようせつ夭折)と言えます。

対比的に長寿の井伏氏・節代夫人同様に、当時としては長生きだったワーグナーは、17歳の時に何をしていたと思いますか?・・・イメージしてみて下さい。

さて、以上のような文章展開の仕方を、NPは連鎖と呼んでいます。「ライトモティーフ」手法も、こうして紡(つむ)がれてゆくように思えます。


以下~山椒魚・解説③「本論・後半」~続きです。評論における本論後半には、具体的展開をひとまずまとめる、重要な「抽象(意味づけ)」があります。小説では、「起承転結」三つ目の「転」の位置ですね。

 さて、最も注目すべきは「唐突(とうとつ)な蛙の出現」です。この蛙は「活発な動作」で山椒魚を感動させますが、次の節で「外に出ることができない」ようになる重要なキャラクターです。が、「幽閉」という原型作品には登場していなかったのです。正式成立まで、作者自身の不遇(ふぐう)の歳月が、山椒魚の「寒いほど独りぼっちだ!」という心境に読みとれるとすれば、それと生涯同居してしまう何ものかの存在に思い当たります。

 「自分と同じ状態に置くことのできるのが痛快」「一生涯ここに閉じこめてやる!」・・・かなり乱暴な論理なのですが、山椒魚が井伏鱒二自身であるとすれば、蛙は、まことに失礼ながら、生涯の伴侶(はんりょ)となった節代夫人その人、と邪推できないでしょうか。昭和2年2月、初めて小説でもらった原稿料で、下宿にもてなして「対談」した女性です。同年10月には、新築・安普請(やすぶしん)の家で結婚生活を始めて、この時から二人は生涯居所を変えませんでした。

 「そこで二個の生物は、今年の夏いっぱい次のように口論し続けた」となっていますが、時期的にも合致(がっち)します。「おまえこそ」「おまえだって」の応酬には、ある種の愛情がこもっています。牽強付会(けんきょうふかい=こじつけ)なのですが、こうして一年、更に次の一年の「二個の鉱物は、再び二個の生物に変化した」「お互いに自分の嘆息が相手に聞こえないように注意していた」とされる山椒魚と蛙の関係性は、~いさぎよく貧乏しよう~という言葉が標語であったとされる二人の新婚生活を、淡々と物語っているのではないでしょうか。蛙なき岩屋では孤絶(こぜつ)するしかない山椒魚の暗喩するものがそこにあります。

*次回、結論(主題)です。なお、傍線部が今回のメインテーマ「17歳の時」の象徴例ということです。

【前述の主題連鎖の解答です。17歳の時ワーグナーは、ベートーベンの第9シンフォニー(交響曲第9番「合唱」)を、ピアノ独奏用に編曲しています。】

 「悲しんだ」「狼狽」「思いぞ屈せし」「深い嘆息」・・・思わぬ幽閉に気づいた山椒魚の「心情語」です。正式の『山椒魚』となって昭和4年(=小林多喜二『蟹工船』や島崎藤村『夜明け前・第一部』が著された年)世に問われるまでの約10年間、実は作者自身の境遇や精神状態も、まさにこのありさまだったのです。
 「大学での指導教授との不和」「休学」「帰郷」「復学してすぐに退学」「親友の急逝(きゅうせい)」「関東大震災」「三度の入社・退社」「可愛がってくれた祖父の死去」など・・・なるほど、外の様子は垣間(かいま)見えるが出口が小さくて出られない岩屋に相応(そうおう)しています。

 ただ、その渦中(かちゅう)でも光明(こうみょう)や覚悟はありました。「小説家としての始動」「同人や師匠との交わり」「節代夫人との結婚」など・・・「いよいよ出られないというならば、俺にも相当な考えがあるんだ」という山椒魚の呟(つぶや)きに当て嵌(は)めてもいいのです。
 「ほの暗い場所から明るい場所をのぞき見する」「小さな窓からのぞき見するほど、常に多くのものを見ることはできない」・・・山椒魚に許されたわずかな希望や安息は、多分に作者にとっては自身の小説世界そのものの特異性と重なっていたに違いありません。
 時代背景とともに左傾化(左翼・共産主義的傾向になってゆくこと)する周囲の文筆家達のような「イデオロギー=(主に政治的な)思想・主義主張」を持たず、プロレタリア文学(労働者階級・社会的弱者や貧者の立場で書かれた文学、プロレタリア⇔ブルジョア、プロレタリアート⇔ブルジョアジー)的な現実描写をどうしてもしたくなかったのです。
 だから、時流に乗ってゆくことに対しては、めだかの一群に喩(たと)えて、「彼等のうちの或る一匹が誤って左によろめくと、他の多くのものは他のものに後れまいとして一せいに左によろめいた」と巧みに皮肉(ひにく)っています。「なんという不自由千万な奴らであろう!」と、嘲笑(ちょうしょう)的な他者批判もぶつけるのです。

 また、小蝦(こえび)が「何か一生懸命に物思いに耽(ふけ)っていた」ことに対して、山椒魚が「くったく(屈託)したり物思いに耽ったりするやつは、莫迦(ばか)だよ」としているのは、作者自身や作品世界の「表裏二面性」なのでしょう。
 こうして、山椒魚は「今にも気が狂いそうで」「もはやがまんがならない」「やくざな身の上で」「ブリキの切屑(きりくず)」となってしまうのですが、これも一時期辿(たど)りついた作者の自画像と解することができます。


【NP解析では、「序論」を素材キーワードorモチーフ(重要素材・中心動機)で、「本論・前半」を具体=例示orサンプルor展開で、それぞれ捉(とら)えています。】

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