NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

国語の第一問は、「二元論」でした。「近代」「自然科学」「生物」、今年のセンター試験評論とも相通ずるところのある、お約束のような、シンプルな出題。
「簡単なことを難しく言っている」「易化継続中」のサンプル(具体例)が、そこにはあります。

「もう近代ではないでしょう、いい加減に・・・」と思いながら、「まだ近代の清算は終わっていないのだ」と考えます。「易化」は「問題文の質量」であり、「採点基準は却(かえ)って難化」と言わざるを得ません。

2009年出題の馬場あき子さん(歌人で文芸評論家。問題文の「山羊小母・めんこばんばたちの時間」では、いなかと都会の「時間」を対比的に重複して設問化。)の随想文がそうでした。とても分かりやすい、これ以上どのように「換言」「深化」説明できるのか、当然これ以上「分かりやすく(平易に)説明できない」自己矛盾を感じてしまうような問いが並んでいました。

第二問の古文も第三問の漢文も、「シンプルサンプル」、第四問が「トレンディ(時代風潮的)」な印象です。雑ですが、これ以上論ずる気が起こりません。京大は後日詳述(しょうじゅつ)したいと、今は思っています。

このようにしか問えない、このように問うことで見えてくる「受験生たちの特質と大学側の思惑(おもわく)」があるのでしょうね、きっと。

「知人」の問い掛けに応えてみます。今回の知人は、予備校の先生です。
 Q 「今年のセンター試験及び入試国語の現状・展望は如何(いか)に?」
 
 A センター試験2012国語については、明らかに「易化(いか)」しました。
 その根拠は・・・
1 総字数の減少、特に古文の大幅減による安堵感
2 評論の理路整然として、取りやすい選択肢
3 小説の口語的で、読みやすい心情把握 
4 古文の歌論ほどではない、随筆的な展開
5 漢文の対比明確で、問い7負担の少ない設問

・・・のはず、でした。
しかし、実際には、「大手予備校系リサーチによる易化予想」とはやや外れて、「やや易化程度というセンターの中間集計報告」でした。
端的象徴的なのは、古文の「変わらぬ難度」でした。明らかに、このジャンルが突出して平均点を下げています。
であるならば、センターの「古文改革という目玉」は、「豈(あ)に図(はか)らんや。」(=どうして予想出来ようか、いや出来ない。予想外にも。)あっけなく潰(つぶ)れたことになります。

NPは、ここに大学入試の抱える「懊悩(おうのう=なやみもだえること)」的な象徴例のひとつを見ます。
総括(そうかつ)してみましょう。

ア 最高峰の記述問題を示さねばならない東大京大が小説問題から撤退している上に「易化継続中」である。
イ 評論文と評論的な随想文と古文の三本立てに収束させたい各大学の全体的な傾向があり、出題はパターン化。
ウ 国語力を最も試すことができる小説問題は作りにくくなり、しかも受験生は古文問題をどんどん読めなくなっている。
エ 対比・逆説・皮肉などの「二元論(にげんろん=本質的解釈に際して対立的要素を用いて説明する方法)」が頻出。
オ ア~エによって、「簡単なことを難しく言っているような現代文」と「深く見えながらもシンプルな古文」が精々である。

今、日付が変わって、国立大学二次試験・前期試験の当日になりました。
「対策」は、「センター解析への認識」と「二元論を意識して解く」という二点です。
ここで言う「二元」とは、広義(こうぎ=広い意味⇔狭義・きょうぎ)での「あらゆる対比的なるもの」です。
具体と抽象、素材と主題、帰納(きのう=収束的論法)と演繹(えんえき=発展的論法)、論理と情理(この中間に道理があるように思えます)、そして虚偽と真実(ウソとホント)・・・などなど。


【冬物語2012・承③】
 
 あの完徹の日から、7か月ぐらいが経つのだと思う。寒い、うーさぶっ、この冷え込みはいったい何なのだろう。地球温暖化のお陰で、毎年暖冬が続くはずではなかったのか。日本のどこかで春一番が吹き荒れ、一方で暴風雪というデタラメになったその日、わたしは卒業が決まり、彼女は留年を決めた。
 どんなに話し合っても彼女は譲らなかった。できれば、いっしょに卒業して同期生でいたかったし、卒業論文の合評会や卒業式や謝恩会も盛り上がりたかった。卒業旅行も、卓球のできる温泉旅館・・・それでよかったのに・・・。

【冬物語2012・間奏曲】

 先日出たばかりの比較的真面目そうな週刊誌に、東北のある病院における、年少者の甲状腺がん発症発見例がスクープされていた。わたしは関西の親元から、下宿を引き払って一刻も早く戻るように言われながら、四回生を終え卒業しようとしている。関西弁がようやく消えかかって、さらに親の宗教を勝手にやめたわたしは、関係知人の、食材は西日本から取り寄せた方がいいよ、牛乳は飲まない方がいいよ、というアドバイスを、なかば呆然と受け流していた。ウソとホントの境目がわからない。・・・彼女は、あの時、すぐ震災の現地に入ってずっと炊き出しの手伝いをしていた・・・らしい・・・これも、誰も見たことがないのに、なぜ一人芝居(ちがう)・・・一人歩きするんだろう。

  *間奏曲(インテルメッゾ)・・・歌劇や組曲の幕間・合間に挟(はさ)まれた楽曲

 


あー、ほんとによかったねー戻れて、千葉も揺れたんでしょ、実家大丈夫だった? どうしてたの一体。 

 ちょっと親とトラブってた。
   

え、優しいチチハハだって言ってたではないの。 

 それが問題だったな、でもまあいいわ、もう忘れたい、ぜ・ん・ぶ。
 

あそう、もう聞かないね、・・・そうだ聞いてよ、結局彼とは別れたわよ、顔だけじゃなく考えもフケてたわ。 

 あそう、もう聞かないね私も、・・・どうでもいいのよ、親も男も自分も。

 

その投げやりな並べ方が妙に気になったが、やがて元通り元気になった彼女は、キャンパスで学園祭実行委員として活躍し始めて、その話はそれっきりになった。
 五月のゴールデンウィーク明けにようやく新年度の大学は始まっていた。東北への、東北からの学生への配慮ということだったけれど、多くの在学生にとってはモラトリアムが緩慢に続くだけで、震災関連のボランティアを募る大学構内の貼り紙も空々しい感じがして煩わしかった。
 長引く経済不況で超氷河期と言われる就職難は続き、三回生の就活が花盛りの中、四回生も必死に遅咲きを求めてリクルート姿のままだった。
 そして夏休み直前だったか、相変わらず就活がうまく行かないわたしは、彼女に愚痴ってみた。彼女はさっさと割り切って外資系の損保会社に身売り済みだったが、大安売りだったらしく、渡りに舟(これも何か変)とは言えないようだった。でも、秋の学園祭に向けてイベントの企画運営に勤しんでいる様子は、とても羨ましかった。学園祭は、いつの間にか進路が決まった学生へのご褒美になり下がっていたのだ。
 冷房の効き過ぎた喫茶店で延々と話は続き、二人とも帰るに帰れなくなってネットカフェに場所を移し徹夜になった。

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