NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2012年11月

短いコメントです。心を 込めんと・・・。
夏目漱石『こころ』最終章、自分とKにまつわる「秘密」を先生が妻には決して言わないでほしいと「私」に対して書き遺すこと。
湯本香樹実『ポプラの秋』承の部、手紙にまつわる「秘密」をおばあさんが誰にも言ってはいけないと千秋に念押しすること。

作品全体の構造から、前者・後者ともに、主人公に「覚悟」を促すことの意味が生じます。
ひ・み・つ、とは、それを知る人物同士の共有感覚による親密な関係を促進させるのです。

「私」と「先生の奥さん」
「千秋」と「おばあさん」

秘・満・通

悲・深・津

言葉の響きは同じ・・・でしょうか。

1960年代以降のポストモダン、その根幹たる構造主義の発端とも言えるのは、言語学者ソシュールの「言葉論」です。「言葉は偶然性・恣意性が高く、概念化を強迫するもの」と解釈すれば、それは「言霊」の意味にかなり近付きます。
言霊・・・言葉に宿っている不思議な霊威。(広辞苑)
     古代、ことばにやどると信じられた霊力。発せられたことばの内容どおりの状態を実現する力があると  
     信じられていた。(日本国語大辞典)

漱石の『こころ』で、「下・先生と遺書」において発せられた「覚悟」の意味を多重的に捉えます。
①(Kにとっての)恋に前進する覚悟。
②(Kにとっての)学業に復帰する覚悟。
③(Kにとっての)自己実存を否定・抹消=自死する覚悟。
④(「私」=先生にとっての)Kを出し抜いて告白する覚悟。
⑤(「私」=先生にとっての)罪の意識に殉じて自死する覚悟。
⑥(私=上・中の主人公にとっての)先生の遺書を受け留める覚悟。

『こころ』は漱石にとって、後になって鑑みると後期三部作の締め括り、構造主義の成せる業(わざ)。
そして、トリレンマを思わせる、Kと、「私」=先生と、主人公=私 の三者。その「覚悟」のトライアングル、真ん中=中心に名前(言葉)通り「静」かに納まる人物、それこそが「お嬢さん」=後の奥さんであるのは言うまでもありません。

とすれば・・・某説のように、先生の遺書で全てを知った私は、残された奥さんと結婚して全てを詳(つまび)らかにする・・・それが「漱石が固執した三角関係」(吉本隆明「こころ」論)の大団円には相応しかったのかも知れません。
「覚悟のK」・・・Kの一画目・縦線が登場人物「K」、二画目斜め線が「先生の私」、三画目の斜め線が「主人公の私」・・・連鎖は続いてゆきます。


ことだま・・・について当ブログで語るのは初めてではありませんが、慎重を要します。
例によって、「新明解」から・・・その言葉に宿ると信じられた不思議な働き。「言霊のさきはふ国=日本の美称」・・・珍しく単純ですね。
『万葉集』には、こう表記があります。
そらみつ大和の国は…言霊の幸ふ国と語り継ぎ言ひ継がひけり。
「そらみつ」は“大空から見て”とも、大和(やまと・倭)にかかる4音の枕詞とも取れるようです。
「幸ふ」は“豊かに栄える、幸運にあう”という意味でしょう。山上憶良(やまのうえのおくら)の長歌の一節。柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の使用例もあります。

著作権保護の観点以上に、ある意味歌詞の引用は憚られるのですが、桑田佳祐(くわたけいすけ)がサザンオールスターズの初期に作詞作曲した『愛の言霊~Spiritual Massage~』という歌の言葉を、あらためて目を通しました。複雑で不可思議な連鎖ですね、まさしく構造主義的に・・・どうなのでしょう。

いつも問題提起だけして、あとはさほど展開しないことがあり、また、パターンに持ち込んでフェイドアウトということで、知人(手強い一人の男子生徒)からは痛烈に批判されています。「固定観念を植え付けないでほしい」とのこと。全く同感です、「恣意的」「重複対比」「弁証法」「構造主義」などがそうですね。・・・それでも少し読んで下さいね。

言霊研究で第一人者の井沢元彦さんがこの9月に祥伝社新書から出された「新・言霊論」を、いたく感じ入りながら読んでいます。
とりわけ、福島原発事故において露わになった、「津波」「原発事故」という言葉を禁忌(タブー)として忌避し続けた東電の姿勢を、「言霊信仰」という「宗教」に結びつけている点、納得共感です。
国民の血税30億円を投じた「放射能対策ロボット」六台の、国家からの無償供与を拒絶した、“受け入れは「津波」を「原発事故」の可能性を認めることになる”という思考・・・凄まじいですね、鋭い指摘です。
また、“あの時「メルトダウン」とは言えなかった”と事故から二カ月後の「天声人語」で認めた朝日新聞をかなり手厳しく糾弾(きゅうだん)しています。

母音主体の言語ですね、日本語は。必ず a i u e o が付いています、n 以外は。その意味(理由)付けを、考察してみたいですね、だから、これでも慎重に入りました。「深長」にまで「新調・伸張・伸長」できればいいのですが・・・。あれ・・・また悪癖が・・・これらもコトダマかな。

れてる。⇒のが・さかのぼ
しい。⇒はかな・いと
殺戮まない(わない)。⇒さつりく・のぞ(ねが)
盂蘭盆精霊会とも言う。⇒うらぼん・しょうりょうえ
教鞭をとるとする。⇒きょうべん・よりどころ
無闇矢鱈と用にてる。⇒むやみやたら・あ
てに尾鰭をつける。⇒すべ・おひれ
飄々として寒蝉枯木を抱く。⇒ひょうひょう・かんせんこぼく
所縁ある花の。⇒ゆかり・つぼみ
捏造とは話をねて造ること。⇒ねつぞう・こ
梯子の中段。ろう・はしご
守宮う。やもり・は

いかがでしたか。書き取り問題でも正解したいですね。

以前、読者のかたに「ラマ検?」と言っていただきユーモアを感じて、ラマに似たウマの絵付きで「ラモ検、ブログタイトルのライトモティーフ検定です、当ブログ記載表現からの語彙力テスト。」とお応えしたことがあります。

中島らも という小説家がいました(兵庫県尼崎市出身、2004年没)が、らも は「羅門」からとったペンネームのようです。羅門とは・・・格子(こうし=縦横碁盤の目)状で、「立蔀(たてじとみ)・透垣(すいがい)=入試古文必須語句で、衝立(ついたて)・垣根の一種」などの上部に、木や竹で2本ずつ交差した模様を作り出したもの。羅文。らんもん。・・・羅生門(羅城門)とは、関係ないようですね・・・これがライトモティーフ(小主題の連鎖)手法の袋道(ふくろみち=袋小路・ふくろこうじ)です。

ラマ という生き物も、この際、審(つまび)らかにしてみます。ラマとは・・・哺乳(ほにゅう)綱 偶蹄(ぐうてい)目ラクダ科の動物。別名アメリカラクダ、リャマ、ヤマともいう。原種は絶滅したと言われ、現存しているのは家畜種で、南アメリカのアンデス高地に生息分布とか・・・比喩象徴的にも袋道でした。

早めに秋(飽き)からCHANGE(脱却)したいです。

さて本題です。今回は第6回(晩夏でした)以降のブログ記事から、太字傍線部の読み仮名です。(全25問の漢検2級超の読み標準レベルでしょう、合格は20の設定。)

れてる。
しい。
殺戮まない(わない)。
盂蘭盆精霊会とも言う。
教鞭をとるとする。
無闇矢鱈と用にてる。
てに尾鰭をつける。
飄々として寒蝉枯木を抱く。
所縁ある花の
捏造とは話をねて造ること。
梯子の中段。
守宮う。

書き取りなら、準1級揃い。早めに解答アップして、冬(浮遊)のCHANGE(変容)に備えたいです。

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