NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2014年03月

今回はオール書き取り・20問(漢字検定2級やや難~準1級標準 レベル)です。
7割正解(予定)で、「らも2N」級 合格認定(予定)とします。

なお、認定級は今後
らも1P
らも1N
らも1O
らも2P
らも2N
らも2O
らも3P
らも3N
らも3O
9段階に設定して、合格ラインは その都度決まります。
・・・ということで、今日の書き取りは ど真ん中の級、「ライトモティーフ」語彙はハイレベルなのです。
出来る限りのコンパクト文例出題、傍線部カタカナの正しい漢字を書いて下さい。


①貴族のハクシャク
②勝利のガイセン
③条約にヒジュンする。
ケイモウ思想。
⑤徳冨蘆花の『ホトトギス
⑥春ランマンの時。
⑦諸国アンギャの旅。
⑧政治的なサンカに入る。
⑨金銭欲のゴンゲ
ケイチツの頃。
ケンドジュウライを期す。
ガシンショウタンの苦難。
ヒナダンに座る。
シンガンを見極める。
ケイチョウ電報。
アラレのような雨。
タクワンを食べる。
ウマの方角は南。
イヌの刻は二十時。
ムボウな企て。
(解答は今週末)


多くのかたにとって、明日が新年度初日ですね。
4月1日、明るく晴れたリフレッシュ・スタートの一日となりますように。

読み始めたばかりの本に、概(おおむ)ね以下のような説明があります。

「ももシロ」と「ABC48」というアイドルグループのどちらが好きか、ランダム(無作為抽出的)に10人に聞いてみました。

8:2に分かれました。

実際には、母集団を大きくして(たとえば24人)で考えると「ももシロ」と「ABC48」のファンは、半々です。

とすると・・・

8:2になる確率は、5.5%になるのです。

この時・・・5.5%「も」あるのだから、それはデータ的には「偶然である」と考える。

10人では「偶然性が高い」。
その偶然性の確率を5%未満に下げないと、その事象(できごと)は信頼できない。

∴ (数学:ゆえに) 「そんな高い確率で起こり得るできごとが起きただけなので有意な結果とは言えない」。

従って、8:2という結果も信頼できない。

逆に・・・(8:2になる)確率を5%未満に抑えられた時には・・・
(8:2という)「あり得ない結果が起きた」=「(母集団が半々であるという)仮説自体が間違っていた」

=「(もともと)ももシロとABCのファンは半々じゃない(と見なす)」

・・・ということです。
つまり「信頼係数」を95%以上にしないといけないわけですね。

分かりましたか?

*まんがと図解でわかる統計学(向後千春:早稲田大学人間科学科学術院教授 監修 宝島SUGOI文庫)
⇒「 コンビニ・ジャンク本」は折に触れて入手できると、それこそ「有意」なんですよ、ほんとに。


「2013年度 末日」の今夜、通算16回目となる「ライトモティーフ検定」(通称「らも検」=当ブログに於ける使用語句の「語彙力認定テスト」)をアップします。
この2年間で、何度目かの登場という語句が毎回いくつかあります。
それらは、「頻出度が高い」という点で、統計学的にデータ化されると・・・
「入試頻出語句 ランク 〇」になるんですね。

そう言えば(この言い方も感覚的ですが「確率」「統計学」につながりますね。)、
一昨日KU先生が・・・
「作ろうとする問題集がよく出口さんと重なるんですよ。」
「向こうの方が少し先に出すんですよ。」
・・・と仰っています。

なるほど、ですね。
それが「売れ筋」「売り時」ということでしょうか。

市場調査とデータ分析を的確にして(いただいて)・・・
NPも参考書問題集を出したいと考えます。

NPオリジナルで「春雷」(学生時代)と「春雷リメイク2OY」(中堅教員時代)という短編小説があります。
どちらも、400字詰め原稿用紙で60枚ぐらいのものです。
後者は「しゅんらい りめいく ツーオーワイ」と読みます(尾崎豊・岡田有希子を勝手に登場させる無謀)。

どちらも、エンディング近くで「春雷」が鳴る(主人公の意識変革の隠喩)・・・
時期的には四月半ばという作品設定でしたが、どうやら季語の使い方が少しズレていたようです。


本来の意味[新明解国語辞典]では・・・
春雷:(冬の終わりを告げる)春先のかみなり。寒冷前線により起こる。
・・・となっています。

まさに今・・・新暦3月末頃の風物詩。
明日3月31日(旧暦 3月1日)は、「七十二候」では「雷乃発声」の日にあたります。
「らい すなわち こえをはっす」と読んで、春の初雷が鳴り始める頃と言われています。

今朝、雨模様の中で雷鳴を聴きました。

こうした季節を表す言葉は、本当によく出来ているものだと実感します。


春雷に
  ときめき重ねる
    若き日々   (NP)


現実には、雨の中を車で、消費税増税前の買い出しに家人と駆け廻った、「あまり若くない」一日でした。

しかし、その「若い」という言葉ですが・・・
昨日、親しいKU先生・NI先生・TA先生と「自主研修会」を持ったところ・・・
その三人ともに、時折「若いねえ」と言い合っているのです。
「いまだに“熱い” “元気” “無謀”」ぐらいのニュアンスでしょうか。
とても愉快で面白い集いでした。


という昨日今日を経て・・・
遂に、我が家にTVが来ます。
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古文で言うところの「いまさらなり」です。
今となっては、今あらためて、今更言うまでも無く・・・の意味でマイナスイメージ的に用いられます。

今日のNPは、プラスに こう訳したいですね。

若いねえ。
  
  
  




今、旬(しゅん)間近です。
まだ、やや高値、でもとても美味しい。

我が家は普段から玄米で、よく噛んで食べているのですが、緑の色鮮やかな豆ご飯にして ほくほく噛み締めると、実に至福。

豌豆の花は、「まるで翅(はね)を広げた蝶がとまっているようで、色は赤紫あるいは白。」と歳時記カレンダーに絵柄が載っています。

テーブルには、保存料・着色料無添加の、それでも薄黄色の沢庵(たくわん)が添えられています。


玄(くろ:黒)・緑・赤紫・白・薄黄・・・五色の彩(いろど)り揃って、ああ 春・春 ・・・です。


*いわゆる五原色について・・・
古来、中国では黒・青・赤・白・黄を指していて、イメージ的には・・・


            黒(玄武)・冬=北(子:ね=0時)


白(白虎)・秋=西(酉:とり=18時)  ★ 青(青龍)・春=東(卯:う=6時)


           赤(朱雀)・夏=南(午:うま=12時)



この配置での ど真ん中 ★ の箇所に、四方四季四六時(しろくじ=二十四時)を四神に守られた黄(=皇つまり皇帝)が入る形で捉えます。


**土佐日記(紀貫之)の二月一日(きさらぎついたち:今の3月中旬頃)・・・
「黒崎の松原を経て行く。所の名は黒く、松の色は青く、磯の波は雪のごとくに、貝の色は蘇芳(すほう:赤紫)に、五色にいま一色ぞ足らぬ。」となっています。
⇒⇒⇒足らぬのは「黄」ですね、もちろん。何かの暗示(隠喩)と考えてみます。
934年末に四年間の国司(地方官≒知事)としての任を解かれ、十二月(しはす)の二十一日(はつかあまりひとひ)戌の刻(いぬのとき:20時)門出し、船で京に戻る途中の出来事が中心です。
自邸帰着は、二月十六日(きさらぎとおかあまりむひか:今の3月下旬頃)で十六夜(いざよい)の月夜ですから、大凡(おおよそ)二か月弱の旅日記、それが「土佐日記」として935年にまとめられます。
⇒⇒⇒足らぬのは土佐守(とさのかみ)在任中に亡くした「愛娘」、エンディングとの一種の符合ですね、きっと。
貫之はすでに六十五歳を越え、もう一つの偉業「古今和歌集」の編纂(へんさん)=905年から ちょうど30年後のお話です。
さらに「古今和歌集」から ちょうど300年後の1205年には「新古今和歌集」(藤原定家・編)が完成することになります。


さくら花 ちりぬる風の なごりには 水なき空に 波ぞたちける (古今89)


人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける (百人一首35)



花よ散れ 見事なまでに 花よ散れ 一年の後の 美しさのため (NP) 

香川の「しろとり動物園」へは雨天のために行きませんでした。

それでも前日、松山市の南にある伊予郡砥部町の「とべ動物園」まで車を走らせたので、かなりの距離移動になりました。

そこでは・・・2000年生まれで14歳、現在は療養中の「ピース」というシロクマが今もとても愛されているのだと思いました。
厳選して買い込んだ写真ハガキは・・・
ピースのコグマの時・レッサーパンダの親子二匹・アフリカゾウの親子三頭・カイウサギ五羽・希少なホワイトタイガー 一頭の・・・計5枚。

動物園のタイガーと言えば・・・。


大正~太平洋戦争前後まで活動した作家・久米正雄に「虎」という短編があって・・・、
主人公の動物役者・深井八輔という新派俳優が、息子を連れて上野動物園に虎を見にゆく話です。
結末で・・・舞台初日に拍手喝采を浴びる縫いぐるみ虎役の彼は、幕が閉じた後に何を見るのか・・・。

この作品を「主役には決してなれない男の悲劇」ととる批評もあって、そうなると同期で手の届かない芥川龍之介(昭和2年7月自死)の、陰に隠れていた作者自身のメタファ(隠喩)となります。

・・・が、「虎」は「龍」と対を成すべき存在ですから、妙味を感じますね。

「新明解国語辞典」の教え通り、「動物園」をヒントに「啓蒙」的に鑑(かんが)みると・・・。

「虎」が発表された大正7年は1918年、第一次世界大戦終結の年。
加えて同年の「受験生の手記」は作中人物の遺書仕立て、これも悲しい結末です。
「私小説」的にとれば、作中の片思いの相手は、漱石の娘・筆子ということになります。
久米自身は少年期に、小学校・校長であった父親を自殺で亡くしていますが・・・。

学生生活も漱石山脈も、そして私生活も、ひいては世界も、すべては「動物園」での出来事だったのかもしれません。
もちろん悲しいだけが「動物園」ではありませんから、まだまだ楽しく行脚(あんぎゃ)をと考えています。



さて話と所変わって、東京で桜の開花宣言が出た昨日、高知は満開でした。

徳島~松山自動車道を西進東帰するにつれて、いろんな桜を見ることができました。

四国から讃岐を引いて阿波・土佐・伊予の三国横断、浪速(なにわ)発着の旅でした。

今日、3月26日は「七十二候」では、まさに「桜始開(さくらはじめてひらく)」の日。


「動物園」も「歳時記」も・・・「啓蒙」ですね。

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