NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2015年02月

DCIM0126ひつじ雲
(高積雲)
              
DCIM0127











すじ雲
(巻雲) 











































ひこうき雲
DCIM0128














夕焼け雲
DCIM0129 


   
     

逃げる二月最後の日です。

カナダ語学研修への荷造りが出来て、京都小川珈琲のドリップでほっとしています。

今は晴れているのですが、天気予報では明日三月一日は、大安の雨。
「草木萌動」(そうもくきざしうごく:陽気に誘われ草木が萌えだす頃)の日です。
これは歳時記カレンダーの読みかたで、
過日コンビニで入手した『にっぽんの七十二候』の本では「そうもく、めばえいずる」と読んでいます。
二十四節気「雨水」(うすい)の末候(まっこう)にあたり、3月1日~5日の期間に冠せられています。

・・・という旧暦世界との歩みも、一旦ストップします。

時差-14時間のカナダ・トロント&ハンツビル&ナイアガラへ。
滞在最終日の現地7日(土曜日)にサマータイムに切り替わるので、時差が-13時間になる瞬間に立ち会うという貴重な経験をします。一斉に時計を+1時間進めます。そして、それから12時間のフライトに、さらに+13時間加えます。

少しだけ
 若返ってする
  アクティヴィティ
   元通り老けて
    浦島太郎
     (NP)


四年前は、現地でほぼ3時間睡眠を実践できたのはよかったのですが、
(「真夜中のイマージャンシー・コール」「高層階からのロビー避難」や「東日本大震災」「新千歳迂回」などがありましたからね。)
日本に戻ってきてからも3時間睡眠が続き、「目が覚めてしまう」という「時差ボケ」を、
数か月の間ずっと「3時間睡眠法の会得(えとく)」だと勘違いしていました。

あの時、高校生になった彼らのうちの一人で医学部を目指していた男子生徒が、
(今期入試頑張ってるかなあ、祈ってるよ。)
そんなことをしていたら早死にしますよ、と諌めてくれたので・・・、
はっと気付いて、出来るだけ6時間に近づけようと結構苦労したものでした。
そして、いい意味での後遺症は、今もあります。

3時間で起きようと念じて眠りにつけば、大概は起きられます。

・・・・・・・・・・・・

機内や現地で合間に読む本は、
①『ちん オモーニ』(奥村久美子)
②『子規断章』(日下德一)
③『世界一おもしろい日本史の授業』(伊藤賀一)
の三冊に絞りました。

・・・世界へ出る時こそ、日本のことを踏まえておくべきだという逆説です。

ただ出来れば、またトロント・イートンセンターの大書店で、
Haruki Murakami や、
Alice Ann Munro などの本をゲットしたいと考えています。

あ~明日の今頃は~僕は羽田かな~♪♪


♪♪ あー明日の今頃は僕は汽車の中
(「心の旅」チューリップ・財津和夫)













 

第38回日本アカデミー賞の発表があり、
俳優の岡田准一(もう、V6の、ではない)が、
最優秀助演男優賞(『蜩ノ記』)と最優秀主演男優賞(『永遠の0』)でW受賞を果たしました。
同賞始まって以来初、助演・主演ともに最優秀賞です。(重複対比~♪♪)

前者は観ていないのですが主演は役所広司、 
後者の助演男優は三浦春馬でした。
つまり、この二人に、双方たすき掛けで優ったということでしょうね。

夢枕獏氏の山岳小説『神々の山嶺』を映画化した『エヴェレスト 神々の山嶺(かみがみのいただき)』で主演を務めることが先週わかったばかりですね。過酷な現地ロケになるそうです。
NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』の黒田如水、大ヒットした『図書館戦争』(これも今秋に続編)の堂上篤、ともに「なりきり」名演でした。「その時お前の左手は何をしておったのじゃ・・・」の坊主頭、武力による検閲から本を守る防衛組織・図書隊教官のツンデレ(ヒロインは榮倉奈々)。
『永遠の0』では、「なぜ愛する人のために生きるのか死ねるのか」というパラドックスを痛切に感じさせてくれました。
・・・それもこれも、オカダジュンイチ、助演も主演も最高に出来る・・・、
極上の穏やかさと強(したた)かさ。


ところで・・・、
ヘミングウェイ『キリマンジャロの雪』にも感じました。
「なぜ過酷なまでの高みを目指すのか(なぜ夢と理想のために生きるのか死ねるのか)」ということ。

平和な状況と、平和ではない状況とで、
夢と理想も、全く異なったものになりますね。
愛は変わらないのでしょうか。

穏やかに強かに生きる(老子)
・・・これを当面の生きる極意にしてみます。


助演と主演、どちらも出来る・・・そんな人になりたいですね。





 

今宵は上弦の月(旧暦1月8日)、昨日の北野天満宮の梅は見頃近くにTV画面では見えていましたから、晴れればさぞかし「春宵一刻」も綺麗なことと思われます。


昭和11(1936)年2月26日、東京は30年ぶりの大雪だったそうです。未明に陸軍青年将校によるクーデターは勃発しました。皇道派の野中四郎・安藤輝三らの決起により、岡田啓介首相と鈴木貫太郎侍従長は九死に一生を得て逃れたものの、高橋是清蔵相・斎藤実大臣・渡辺錠太郎教育総監らが殺害され、1483名の兵により永田町・霞が関・赤坂・三宅坂が占領されました。・・・最終的には昭和天皇の奉勅命令によって29日午後には反乱部隊は投降解体したというのが事件の顛末です。

次の記事を見つけました。[ニコニコ大百科より]
・・・文学・思想界では左右両派ともに分かれており、太宰治は「誰もやってはいけないと思っていたこと」をやったとして、激しい憤りを覚えたことを戦後の著書で述べている。一方、彼を徹底的に嫌っていた三島由紀夫は「この事件こそ精神と政治の衝突である」と述べ、全面的に肯定する作品を何部か描いている。

太宰治(昭和23年40歳没)、三島由紀夫(昭和45年45歳没)、ともに生き永らえていたら、どんな小説世界を見せてくれたのでしょうか。太宰は無理でしょうが、戦後70年の今、三島はどんな発言を行動をしているでしょうか。もしかすると欣喜雀躍(きんきじゃくやく)、矍鑠(かくしゃく)として「今こそ決起せよ」と、変わらず叫んでいるのかも知れません。そして、それは2.26事件がそうであったように、次なる大きな戦争への確かな里程標となっていくのかも・・・。三島の文学作品を否定するものでは全くありませんが・・・たとえば「戦後70年談話」の中身・成り行き次第では、空恐ろしい思いがしてなりません。

日付にちなんで、少しだけ歴史と文学の小道を散歩してみました。 


女子生徒MTさんにおばあさまの著書を一冊いただきました。
奥村久美子さん『ちん オモーニ 戦争の中の子どもたち』です。
1931年岡山県児島郡生まれのかたで、この書を刊行された時(1983年8月15日初版) には現住所・西宮市津門西口町となっています。

NP、学生後半と院生時代その津門西口町に住んでいました。
また、七年前に大阪に戻ってくる直前の一年間、岡山県の児島にも住んでいたことがあります。

実は、MTさんを通してせがんで著者サインをしていただきました。
一筆箋を添えて応えて下さいました。
勝手ながら紹介させていただきます。
「拙いものを お読みいただきまことにありがとうございます。子供をこのように育て 子供にこのような経験をさせたお国に対し、未だに強い怒りを感じて居ります。 奥村」

拙いどころか、巻末で当時の松蔭女子学院大学教授・小島輝正氏が「・・・書き手としての淪(かわ)らぬ資質を証ししてくれたことを私はよろこぶ。」と記していらっしゃるように、すべてが心に残る逸文で、また語り継がねばならない言葉たちばかりだと強く思います。
「ふるさと」「神戸」「太平洋戦争」の全三章から成る200頁余に及ぶ連作短編集です。

今朝、「あとがき」に辿りついて、泣いておりました。
(近年涙脆くなって困っていますが、正味泣きました。)

簡単に一作あるいは一作ずつに触れることが出来ません。
作品の最後「昭和二十年八月十五日」で主人公の「わたし」は十四歳になっています。

読ませていただいて有り難うございました。
カナダへ持ってゆき、もう一度隅々まで読ませていただきます。

以下に「あとがき」の一部を援用させていただきます。
取り急ぎ、心から、ありがとうございました。


私の子どもが小学生の時、私はこれを書き、子どもたちに読ませました。ベトナム戦争の頃で、テレビの画面に、焼夷弾に背中を焼かれ、泣きながら逃げて来る半裸のベトナムの少女が写し出されました。それは第二次世界大戦下の私たちの姿でしたし、ベトナムを襲う飛行機-私たちを襲ったB29の優秀な弟分とも言うべきB52-が私たちの国から飛び立つのも苦しいことでした。この苦しみの照らし出す古い記憶の中から、私は、生え際の小さなハゲとか、左手小指の鎌の傷あとのように、心と体にしっかりと刻みつけられていることだけを書きました。
「人間は、もう戦争をしてはならない。」
という私の思いを子どもたちに伝えるためでした。
・・・・・・・・・・・・




 

梅に所縁の菅原道真公は「学問の神様」。

咲き初めし
 梅の季節に
  キミよ飛べ 
   学問の道に
    今分け入らむ
     (NP)

今日は、近代短歌の巨人である斎藤茂吉の命日でもあります。
茂吉忌(昭和28年2月25日に71歳で他界)です。
アララギ派、万葉調で強い生命感を歌った「実相観入」の歌人、精神科医でもありました。

ひんがしは
 あけぼのならむ
  ほそぼそと
   口笛ふきて
    行く童子あり
  (茂吉『赤光』)

青春期の絶唱です。
夜明けは近い、
頑張れ、頑張れ、頑張れ!!!



     

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