NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2015年08月

鳥取産です。
こちらは少し冷やして戴きました。

大分産との違いは・・・、
分かりませんが旨い。
やや甘みが・・・う~ん・・・もっと食べてみます。


梨は無し菊は聞くとの掛詞
 歌心なし秋バテにきく
(NPG)

狂歌、ですよ無論。
DCIM0850 














さて・・・、
歌舞伎にするか、
ドラえもんにするか、
どちらも劇場型演目・企画ですからね。
(追記:セカオワ・ライヴも後にやっていました。)


迷い、なし・・・どちらもやめて、
井上陽水を聴きながら読書します。

「少年時代」以外にも、
「夏の終わりのハーモニー」や「結詞(むすびことば)」が、
この季節にはよく合います。















 

晩夏~初秋に聴きたい曲です。

インストゥルメンタル
オリジナル
ホールでの録音ライヴ
野外フェスライヴ
・・・・・・・
幾種類・幾度も聴いてみました。

全てにおいて名曲ですね。
歌詞を聴きとり、どこまで漢字で書き取ったらよい詩なのか難しいのですが・・・、
ライトモティーフ解析してみました。


素材:夏(モティーフ)
具体の中心:夢
抽象:想い出のあとさき
象徴:夏祭り 宵かがり
主題:私の心は夏模様

対比 :夏⇔冬   夢⇔想い出
比喩 :八月夢花火  私の心夏模様
他の修辞:
擬人法・対句法
~長い冬が窓を閉じて呼びかけたままで
~長い影が夜にのびて星屑の空へ
 
表現:
風あざみ・・・風とアザミ(花)を直結した造語であろうが、
「風」と動詞「浅(あさ・あざ)む=意外なことに驚く・はっとする」の連用形とも取れる。
宵かがり・・・同じく、宵とかがり(火)**の造語であろうが、
「宵」(夜)と動詞「縢(かが)る=糸で縫う・かがり縫いをする」の連用形とも取れる。


ミニ作品論:
「夢はつまり 想い出のあとさき」に、この詩全体の核心があります。想い出の後(あと)と前(さき:先)に夢があるということは、想い出が過去の現実である場合には、現実の前・後は夢であったということです。夢から覚めて現実を生きて、また夢に戻ってゆき、そこに想い出が残ったということ。
・・・ということは・・・私たちが常日頃過ごしている世界の多くは「夢の中」であり、夢から覚めて別世界で遊んで、また夢の中へ戻ってゆくだけ・・・というのです。

!!!なるほど、この夏NPGが少しこだわって論じた「荘子」の「胡蝶の夢」と同主旨なんですね。

夏が過ぎる今こそ味わってみたい「荘子的少年時代」なのです。


タイトルの「少年時代」・・・、
少年時代が夢なのではなく、
その前後が夢なのであって、
今、あなたは夢の中を生きているという「樞」(からくり)になります。

それにしても、
「あこがれ」「胸の高鳴り」こそが現実に他ならないという、
痛切な感傷(センチメント)を読み取れる・聴き取れる・・・、
だから、すべてにおいて名詩でもありますね。

明日からCD(ゴールデン・ベスト)を聴きながら授業で論じます。


少年時代
 
作詞:井上陽水 
作曲:井上陽水・平井夏美*
 
夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
青空に残された
私の心は夏模様
夢が醒め 夜の中
長い冬が窓を閉じて
呼びかけたままで
夢はつまり 想い出のあとさき
夏祭り 宵かがり
胸の高鳴りにあわせて
八月は夢花火
私の心は夏模様
Hum hum ..........

目が醒めて 夢のあと
長い影が夜にのびて
星屑の空へ
夢はつまり 想い出のあとさき
夏が過ぎ 風あざみ
誰のあこがれにさまよう
八月は夢花火
私の心は夏模様



*平井夏美・・・
音楽プロデューサー川原伸司の作曲家としてのペンネーム。 Paul Wilsonのペンネームも持つ。 代表曲としては松田聖子の「瑠璃色の地球」、井上陽水の 「少年時代」(井上陽水との共作)などがある。
(ネット記事参照)

**篝火(かがりび)・・・
夜間の警護・照明や漁猟などのためにたく火。かがり。源氏物語第27巻の巻名。光源氏が玉鬘(たまかずら)のもとで篝火をたかせ夕霧・柏木との合奏を楽しむ。
(デジタル大辞泉より)


追記:入りからのピアノと間奏での管弦が、とても切々として美しいですね、何度聴いても心を揺さぶられます。

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今年度我が家の初物(大分産)。

日本梨の都道府県別生産量ランキング(2014年2月公表)では、
1位・千葉県
2位・茨城県
3位・鳥取県
となっていて、
大分県は第9位。

二十一世紀が歩みを進める中、
前世紀の王者フルーツの一つ。 

もちろん 常温のまま、
戴きます。


甘くて・・・、
ほのかに酸っぱい、ですね。

戻らない想い出たちのようです。


あんな時代もあったねと・・・♪♪
(中島みゆき)
夢はつまり想い出のあとさき・・・♪♪
(井上陽水)
 

二十世紀有りて二十一世紀無し
  梨に時代と夢のあとさき
    (NPG) 

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(朝)コンビニ夏期限定の甲子園やきそばドッグ

(昼)竹箸わっぱ飯の野菜ふりかけ玄米弁当

(晩)藤浪晋太郎投手の今季三回目の完封11勝目

御馳走さまでした・・・。

DCIM0844

「主す」*は、
大学入試における古文重要単語のひとつ。

“アルプスの少女ハイジ、あるじすの主人もてなす”
・・・と覚えます、ええ、そうするのです。

主人として客をもてなす、という意味なのです。

「主」+サ変動詞「す」。

従って「自主」は、
「みづからあるじす」と読んで、
自分自身をもてなすということ。


さて今日も、
あるじすのおじさんは、
自分をもてなす旅に出ます。

“ 自分をしっかりもてなすことが出来ずして、
他人を心からもてなすことは出来ない ”
・・・と考えます、きっと、そうなのです。

裏無しの お・も・て・な・し」です。
はい、裏も表もないのです。


「表裏一体」の真意です。


あるじすの一日でありますように。


*追記になりますが・・・
「主す」は元来は「饗」の字を「あるじ」と読んで「饗す」だったようです。
現在では「饗(きょう)する」というサ変動詞となって生き残っています。




 

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