NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2015年12月

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ともに福井県越前市の地元有名B級グルメ
淡和 対 濃洋
蕎麦つゆ花かつお 対 デミグラスソース
豚カツ 対 大根おろし
蕎麦 対 オムライス
蕎麦湯 対 サラダ
【外在対比】
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きんめだい・・・産卵前の11月~3月が旬、銚子・勝浦・下田・稲取(いなとり:東伊豆)の水揚げが多く 美しい朱色の外形から縁起物として人気(「魚の基本」)。画像は和歌山産で、しっかりとした歯応えがあり旨味が強い。

あんこう・・・水温が低くなり身の締まる12月~2月が旬、鱈(たら)の近縁で深海魚が多く 太平洋岸全般で漁獲され特に茨城産が有名(wiki他ネット記事)。画像は島根産で、鍋にすると蕩(とろ)けてしまう脂部分が多く美味。

刺身 対 鍋
美形 対 グロテスク


【年明けて一月いっぱいは画像アップ&説明文中心に掲載予定】 

holy night の後に「 ! 」が付いているんですね。 

silent(静寂に包まれた)
holy(聖らかな) 
calm(穏やかな)
bright(輝かしい)
イヴでしたか・・・。
本来は12月25日の「聖夜」に相応しい言葉たちなのでしょうね。

翌朝、『新約聖書』の一文ずつを、
心あらたに目の当たりにしています。

愛はすべてを完全に結ぶ帯なり。
(コロサイ書 3・14)

・・・いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。
このうちで最も大いなるものは、愛である。
(コリント人への第1の手紙 13・13) 

メリークリスマス♪♪♪

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フィフィ・・・
「スヌーピーのサーカス」に登場。赤いリボンを付けたサーカスのプードル犬。四つ足歩行しか出来ないのにハシゴは昇るわ空中ブランコはするわ、ただのプードルではない。ヒューゴの名でサーカスのスターになったスヌーピーのパートナーとなるが、2匹ともピンクに染められそうになり脱走する。しかし、サーカスの暮らししか知らない彼女は寂しく戻っていった。
(「JOE COOL STRUTTIN'」より)

これがネット記事上で相当詳しいと思われる紹介分析の「フィフィ」です。

「ヒューゴ」と「対」で考えねばなりません。

ところで・・・。
HUGO BOSS は、
ブルー&ホワイト・ストライプの夏ジャケットを一着持っていて、
NPとてもお気に入りのブランドです。

閑話休題(かんわきゅうだい:それはさておき)・・・。

そのhugoとは・・・、
①《HumanGenomeOrganization》 ヒトゲノム国際機構。
(デジタル大辞泉)
②hjúou|hjú-[名]VictorMarie,ユゴー(1802-85):フランスの詩人・小説家・劇作家。
(プログレッシブ英和中辞典)
Hugo Awards
③ヒューゴー賞:米国のSF文学賞。[米国の作家・出版業者HugoGernsback]
(同上)

アメリカン・キャラクターですから、
スヌーピーの「匿名性」キャラ「ヒューゴ」は、
SF的な要素を持っているのでしょうか。 

「2匹ともピンクに染められそうになり脱走」
「しかし・・・彼女は寂しく戻っていった」
哀しくも重大な設定ですね。 

「ただのプードルではない」フィフィと、
「スーパービーグル」スヌーピーとが、
「フライングエース幻想」の中、
新作映画で甦(よみがえ)ったわけです。


「ピンクに染められる」ことの意味とは?


考察は続きます。

 

 

北海道からの贈り物 続編。
日本のサケのほとんどは「シロザケ」だそうです。
(『魚の基本』より)

親子セット。

「内包対比」でしょうか、
社会 VS 個人 を思わせます。

鮭の筋子(すじこ)、
「鮭卵」をイクラと読んでもいいようです。
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・・・何気なく書棚に目をやると、
『夜になると鮭は・・・・』(レイモンド・カーヴァー 村上春樹訳:中央公論社・昭和60年7月初版)が そこに・・・。

タイトルは巻末近くの詩の題名です。

夜になると鮭は
川を出て街にやってくる・・・
(原題“At night the salmon move”)に始まるユーモラスな詩です。

この短い詩一篇を含む一冊が少しだけ話題になって売れたのは、
1985年ちょうど30年前の夏だったのです。
そのさらにちょうど2年前の夏には、
同じくカーヴァーの短編集、
『ぼくが電話をかけている場所』(同訳:同社)が出版されています。
『中国行きのスロウ・ボート』(村上春樹自身の短編集:同社)が刊行された年です。

この三冊は、
さらに、
『マイ・ロスト・シティー』(フィッツジェラルド短編集 村上春樹訳:同社・昭和56年初版で本棚には58年第7刷版)と並んで、
今宵NPに偶然手に取られて、
少しだけ読まれるのを 待っていました。


時の織りなす、
物の奇跡のようにも思えるのです。
まさに、
「夜になると本は・・・・」なのでした。


今夜、
まったく偶然に、
四半世紀ほど前の写真を、
古いアルバムの中から引っ張り出しました。

1989年11月の日付け、
幼いGPとの七五三詣りのスナップ写真と、
同年1月1日の日付け、
同じく和歌山県白浜での観光写真です。

後日何気なく、
クラス掲示の生徒全員写真に紛(まぎ)らせて、
そっと貼り出しておきます。


何も言わない、
何も語らない。



「時」に内包される「物」の本質が、
ここにあるような気がします。

時 VS 物・・・、
これも内包対比なのかも知れません。


だから、
ただ、一切は過ぎてゆきます
(太宰治『人間失格』末尾より)
・・・ということなのでしょう。


イヴイヴに相応しい夜になりました。

山下達郎の「クリスマス・イブ」が聴こえてきます♪♪♪。


読んでいただいて有り難うございます。





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