NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2016年02月

アレンジの春の花二月二十九日
(NP)
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春の花和菓子三重奏並べゐる
(NP)



アレンジ(主に音楽用語で「編曲」のこと)・・・
菜の花・ストック・コデマリの色は、
黄色・ショッキングピンク・白という組み合わせ。
ピンクの桃と合わせて いずれも春の季語。
(ピンクのガーベラは本来夏になります。)


三重奏(これも音楽用語で「トリオ」のこと)*・・・
華・花洛・桃おさの音と揃って、
定番二つと季節限定の取り合わせ。
京「鼓月」の銘菓で 意図的な「花素材」三種。
中でも「華」は通年の人気があります。



独奏:ソロ
二重奏:デュエット(デュオ)
三重奏:トリオ
四重奏:カルテット
五重奏:クインテット
六重奏:セクステット
七重奏:セプテット
八重奏:オクテット
九重奏:ノテット
・・・と言います。 



・・・連想から今夜はピアノ三重奏を聴いてみました♪♪♪。(+チェロ・ヴァイオリン)
ト短調Op.8は、フレデリック・ショパンが唯一作曲したピアノ三重奏曲(1828年)です。
切なくも華やかな印象です。


ショパン唯一つの春の花トリオ
(NP)



花も和菓子も音楽も・・・愈々(いよいよ)「春の華」というテーマをイメージする三月が来ますね。


 

 











17世紀フランスの数学者ピエール・ド・フェルマー(1601年 - 1665年)の最終定理(Fermat's Last Theorem)・・・
3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組が存在しない、
という定理のことである。フェルマーの大定理とも呼ばれる。

フェルマーが驚くべき証明を得たと書き残したと伝えられ、
長らく証明も反例もなされなかったことからフェルマー予想とも称されたが、
360年後にアンドリュー・ワイルズによって完全に証明され、
ワイルズの定理あるいはフェルマー・ワイルズの定理とも呼ばれるようになった。
[Wikipediaより] 

(ここで n とは n乗のことで、おそらく画面上では再現できていないと思われます。)

先日援用させていただいた「哲学的な何か、あと科学とか」というサイトでは・・・、

このフェルマーの最終定理の意味を理解するのは、
とても簡単だ。
結局のところ、フェルマーの最終定理とは――

Xn+Yn=Zn という数式について、
n = 2 の場合、
つまり、
X2+Y2=Z2 の場合は、32+42=52 (X=3,Y=4,Z=5)という解が見つかるけど、
n ≧ 3 (n が3以上)の場合、
つまり、
X3+Y3=Z3 や 
X4+Y4=Z4 や
X5+Y5=Z5 の場合は、
その式を満たす自然数 X、Y、Zは、絶対に存在しないよ~


と言っているだけの話である。


・・・と記されています。

Xのn乗+Yのn乗=Zのn乗で、
n=1の場合、
X=1、Y=2、Z=3で成り立ちます。

n=2の場合、
X=3、Y=4、Z=5で成り立つわけです。

これは「ピタゴラスの定理」ですね。

どちらも美しい数字の並びです。

n=0でも成り立つように見えますが、
あらためて、
0は自然数ではないことを再認識します。
X=0、Y=0、Z=0では、
X=Y=Zになってしまいます。

X ≠ Y ≠ Zでなければなりません。
これは自明つまり公理系です。

それに美しくありませんね。

では、なぜ、上記Wikipediaで「0でない自然数」と断り書きがあるのでしょうか。

高校までの数学では、
0は自然数ではないというのは「公理」なのですが、
大学以上の数学では、
0は自然数であるという立場もあるそうです。

このように・・・、
「公理」というのは、
正しい・正しくないの二元論で分けて、
「正しい」としているために、
間違っていないが正しさも証明されていない、
という、
まさに逆説(パラドクス)的な領域が存在することを、
排除しているように見えます。

そこにまた数学的問題も生じるということです。


・・・美しい解があるような気がするのですが、
n が3以上では成り立たない。
それを八年がかりで証明したワイルズは・・・、
一度公開公表(1993年)した証明の最終部分にミスがあることで、
さらに一年悩みぬいて1994年に最終証明を完了させています。

「二十世紀に起こったもっともドラマティックでもっとも感動的な出来事のひとつ」
(ロジャー・ペンローズ「NYタイムズ・ブックレビュー」=下記文庫本の裏表紙=より)
・・・でした。

成り立つことの証明ならアグレッシヴ(積極的・攻撃的)に思えますが、
成り立たないことの証明でも研究者にとっては多分同じなのでしょうね。

ある命題があって、それは正しいとします。
その正しさの中では、真偽は証明できません。
(ゲーデルの不完全性定理2)

フェルマーの最終定理は、
それが正しい正しくないという問題よりも、
成り立たない(解無し)ということが成り立つ(解)という証明であり、
本人が証明を残さないままであったため、
「予想」になってしまい、
3世紀の時を経て「定理化」されたのです。

これで標題の考察自体は終了です。
最初で最終でもいいかな。


・・・以上、
サイモン・シン著で青木薫訳、
『フェルマーの最終定理』(新潮文庫)を読み返し、
つまみ読みしながらのガクシュウ(う~ん「愕習」かな)です。

この本のちょうど真ん中辺りには・・・、
二十五歳の無名の数学者クルト・ゲーデルの一篇の論文によって、
ヒルベルトの夢が永遠に叶わぬものになった・・・という、
前回お伝えした「ヒルベルト・プログラム」に関するエピソードや、
「第一・第二不完全性定理」という命題と解説も載っています。
当然リンクしているということです。

さらに、
何度も読んだ本ですが・・・、
数学者・藤原正彦さんと作家・小川洋子さんの共著(対談書)、
『世にも美しい数学入門』(ちくまプリマー新書)を、
今また読んでみたくなりました。

『フェルマーの~』は生徒の誰かさんに貸し出し中なので、
急遽(きゅうきょ)新本を買いました。
『世にも美しい~』は職員室の貸し出し本棚にあるはずですが、
明日確認してみます。


最終定理に寄せて、
最初の一回で終了・・・、
それは数学の美しさに反する行為ですね。

(続きます。)

下のアレンジメントも二回目のアップです。
「最終開花&落花」も、
予想しながら撮り続けてみます。 

数にも花にも、
上記繰り返し出てきた「美しさ」が共通しています。 


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十六夜、有明の月、西の空(大東市から大阪平野方面に向かって)・・・、

朝七時過ぎです。 
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古人は「月の光」について、
どのように感じていたのだろうかと思いながら、
とても月の綺麗に見える一週間を過ごしました。

曇りや雨まじりの予報もあったのですが恙(つつが)無く見られました。
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【過日アップした陰暦の睦月望月】再掲もいいのですが・・・、

上方画像の西の空(朝焼け?)に高く浮かぶ「残月:ざんげつ」もいいですね。
「暁月:ぎょうげつ」とも言います。

古の貴人は明け方の月を見ながら(心にね)、
後朝(きぬぎぬ=衣衣:男女が共に過ごした翌朝、またはその時身につける衣)を、
別れの哀切と共にととのえたのでしょうね。

・・・・・・・・・・・・

ドビュッシーの「月の光」*をいろいろ沢山聴いてみました。

ジャズいいですね。
ヴァイオリンやフルート四重奏も素敵です。
フルートならパトリック・ガロワ。

でも、やはりピアノで、
“ピアニッシモ”**をひたすら味わうには最高の曲のように思えます。
「夜想曲」(ノクターン)***なので、
深更(しんこう:夜更け)の静寂(しじま)の中で聴くに相応しいのでしょうか。

明け方に聴き続けても、
とっても気持ちが落ち着きます。
豊かな深い調べが流れるように心に染みてきます。


「月の光」というタイトルでは無かったとすれば、
どのように聴こえるのでしょうね。

全く予備知識・経験の無いかたに、
この曲を聴いてイメージ化していただくとするならば、
どのようになるのでしょう。

そう、ベートーヴェンの「月光」も。


有名過ぎるから無理な想定ですね・・・どちらも。

でも もしかすると、
明け方の海の青や、
月の光ではなく、
日の出前の薄明(はくめい)や、
日の出の眩(まばゆ)さを想い起こす場合も、
あるように思えてなりません。



*月の光 (Clair de Lune☆)・・・
クロード・ドビュッシーのピアノ独奏曲『ベルガマスク組曲』の第3曲(1890年頃の作曲)。
変ニ長調。ほとんどピアニッシモで演奏される夜想曲で、優しく切ない曲想で有名。中間部の優雅な旋律は教会旋法の一種ミクソリディア旋法が採用されている。
[Wikiより編集] 

☆clair de lune(フランス語)=moonlight
/klr d lún/
1 薄緑色
2 (中国陶器の)青磁色;青磁の陶器
[プログレッシブ英和中辞典・第4版より・・・意外な注釈でしょう?]

**ピアニッシモ(pianissimo)・・・
 「とてもソフト("very soft")」という意味のイタリア語で、 音楽では「とても弱く弾く」表現に使われる。
[ニコニコ大百科より] 
 
***夜想曲(やそうきょく)・・・
性格的小品(主にピアノ独奏曲)の一種。ムツィオ・クレメンティの弟子でアイルランド出身のピアニスト兼作曲家ジョン・フィールドが創始した名称。英語でノクターン(nocturne)、フランス語でノクチュルヌ(nocturne)、イタリア語でノットゥルノ(notturno)。ノットゥルノはまた、セレナード★と同様の器楽合奏を意味する場合もある。語源はラテン語で「夜」。

★セレナーデ(ドイツ語: Serenade)は音楽のジャンルの1つであるが、一般的な言葉としては、恋人や女性を称えるために演奏される楽曲、あるいはそのような情景のことを指して使う。各国では、フランス語: sérénade(セレナード)、イタリア語: serenata(セレナータ)、英語: serenade(セレネイド)。日本ではセレナーデもしくはセレナードと呼ぶことが多い。また夜曲(やきょく)あるいは小夜曲(さよきょく)と言う。
[Wikiより編集]

などなど「額習」してみましたが・・・、
DCIM1960
 














上記「有明の月」の翌々日、ほぼ同時刻の「日の光」、東の空。
・・・生駒山上を府立消防学校横の川べりの道から臨んで。


「月の光」は、
太陽が光源(こうげん:明かりの元)だと言ってしまえば、
何とも無風流なのですが・・・。

・・・「朝の光」のイメージ、
朝型NPにはそう思えます。


clair(クレール:フランス語)の原義は、
「明るい・開いた・澄んだ」となっています。


クレールな一日になってくれーる!?


試験や仕事の人、
頑張ってくれーる!!


 

年間を通して漁獲されるが、
旬は春から夏。
産地は北海道から沖縄まで、
ほぼ全国に分布・・・と、
テキスト「魚の基本」 にあります。

サザエは春の季語です。
「三春」(さんしゅん)で、
初春・仲春・晩春に渡ります。
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島根産で角(つの)がしっかりしています。

流れが強いところでは流されないように角が尖っていて、
流れが緩やかなところでは角がないとされています。
[上記本]

NPの郷里である福井県越前市は、
海岸部の越前町と隣接しています。
越前町では岩浜が続く地帯もあり、
こうした角の鋭いサザエがたくさん収獲され、
「磯の香り高く濃厚な味わい」を堪能できます。


海辺にも春が来ます。











 


菜の花
ストック
コデマリ
ガーベラ

いろんな花があります。
いろんな生徒がいます。

まだ咲いていない花があるように、
まだこれからの生徒もいます。

今日から学年末考査です。
それが終わりテスト返し授業があって、
百人一首大会と球技大会が行なわれ、
成績処理が片付くと、
一旦お別れです。

みんな花が咲きますように。

新しいクラスと春を、
迎えに行きましょう。


桃の花 
 咲き切るころに 
  別れ告ぐ
 その寂しさを 
繰り返して居る
(NP)


年度末
 花咲かじいさん
  応援す
(NP)

DCIM1958 

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