NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2016年09月

NHK土曜夜ドラマの全四回、
初回放映分の1時間15分枠、
予想・期待以上の出来でした。

中根(夏目)鏡子役の尾野真千子さん、
夏目金之助役の長谷川博己さん、
どちらも非常に好演でした。
BGMピアノ音楽と映像のツクリ・ボカシも素晴らしかったですね。

一度も画面から目を切ることがありませんでした。
台本と映像の作風はかなり違いますが、
藤谷美和子と松田優作の映画『それから』を想い出してしまいました。
世相背景はともかくとして古きよき明治の雰囲気も髣髴(ほうふつ)とさせてくれます。

原案:夏目鏡子、松岡譲 「漱石の思い出」
音楽:清水靖晃
挿入曲:シューベルト「ピアノソナタ第21番」

・・・とのことで、
NP体調次第ですが、
たぶん「起承転結」となるはずの四回作を、
見てゆきたいと強く思わせてくれる素晴らしさでした。
明けて今朝はシューベルト上記曲などを聴いています 単純♪♪♪。

 ・・・・・・・・・・・・

肝心の仕事がままならぬ状況で、
こうしたNPブログの「ツクリ&ボカシ」を続けてゆくのも不心得で心苦しいので、
暫くの間、
休載(更新停止)させていただきます。

たいしたものでもない当ブログを見に来ていただいて本当に有り難うございます。
でもお越し下さった皆さまのほうは、
それぞれがたいしたご活躍を続けていらっしゃると思われます。
さらなるご発展と何よりもご健勝とを心より祈念申し上げます。

復帰予定(再更新)は10月16日(日)夜と、
強く決意しています。


その間・・・、
願わくば過去のバックナンバー(アーカイブ)を、
いろんなカテゴリーにおいて折りにふれて御笑覧いただければ、
コメントなどお寄せいただければ、
幸せこの上ないことです\(^o^)/。
(厚かましい。ww)

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無事回復すれば、
現在控えている運動も再開できて、
エントリー済みの「淀川マラソン」にも参加します。
せめて参加賞だけでも受け取りに行きたい。

今できることを有り難く大切にして、
頑張ります。

頑張りましょう。

感謝しています。


(^^♪ 元気と笑顔が一番大事 (^^♪



行く我にとどまる汝(なれ)に秋二つ
(子規・・・M28年松山にて漱石との別れの句)


漱石と子規に学びて秋の朝
(NP)

 

全盲のピアニスト 辻井伸行さん(9月13日で28歳)が、
お母さんの辻井いつ子さんと一緒に、
黒柳徹子さんの「徹子の部屋」に出演しているのを、
僥倖(ぎょうこう:思いがけない幸せ)にも視聴できました。

標題の曲演奏をTV初披露♪♪♪。

素敵な曲ですね、
穏やかで遥かに吹き渡る風を感じることが出来ます。

外は暴風近づく時間帯でしたが・・・、
「なに色?」
エメラルドグリーンだったでしょうか。


この機会にと、
ラジオパーソナリティもされている、
いつ子さんのオフィシャルブログなどを見に行きました。

高度な子育てブログの要素もあり、
天才ピアニストとされる伸行さんへの評価と共に、
途惑いの向き分かれるところなのかも知れません。
お父さんは産婦人科の開業医、
それもさり気なく番組最後に添えられていましたね。


それはそれとして、
辻井伸行さんご自身のピアノは、
じっと目を閉じて聴いていると、
ああ彼の世界もこうなのだなあと思えて率直に感動的です。


時折 目を閉じて、
ものごとをじっと見つめる、
そんな一日でありますように。

体調のよくないかたも、
共に頑張りましょう。

いい色の風が皆さんにそっと優しく吹きますように。



 

ポケモンGOは「ポケモンGOプラス」が出たものの、
もう芥川龍之介の「芋粥」状態になって、
飽き飽き発展的収束(終息に向かって)を遂げるのかなと思っていたところ・・・。

この連休に「お台場レインボーブリッジにポケモントレーナー大集合」というニュースが、
TV・ラジオやネットを走りました。

レア・ポケモンの「ラプラス」をゲット出来るとの情報(?)によるものらしいのですが・・・、
NP内心・・・あれあれ、やれやれ・・・と思った次第です。


ところが、
GPから久々のついでメールがありました。


ラプラスだよ~~( ̄∇ ̄*)
10km歩いたら孵化する卵から生まれました。
トレーナーレベルは18!
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えっっっっっ・・・(@^^)/~~~、
何て健康的で創生的なポケモンなんだああああああ。


運動不足で、
何をするにつけても億劫な無精者、
でもこのゲームなら・・・という人にとっては、
救世主のような、
この“walk and reborn system”。


「波乗りポケモン」というジャンルに入るラプラスの、
一見不思議な現れ方。
最寄り駅まで、仕事先まで、周辺を、歩きつないでの快挙(ww)なのでしょう。


トレーナーレベルとは「20でハイパーボールが使える」仕組みのようですが、
なかなか手強く、
スイスイ「波に乗れる」ほどではないんですね・・・。


GPはあらたな人生波乗りを目論んでいるようなので、
まさにポケモンGOよりも、
リボーンGO(*_*)。


「ラッキーをゲットするまでは終われない」
(GP)
 

分け入っても分け入っても青い山
(種田山頭火)
・・・宮崎・大分の九州山地を眼前に自由律俳句の旅初めの句と言われています。

頭遥かな野分の際の泣かるはず
(NP回文句:ズハルカナノワキのキワノナカルハズ)
・・・頭上遥か台風のすぐ近くで泣けてきてならない。

5年前の明朝に新倉和文先生逝去(享年59歳)、
その日も台風休校でした。

健啖家(けんたんか:美味しいものを元気によく食べる人)だったなあ、見た目に似ず。
孔子のように「知命(論語では五十歳)」だったのかも知れませんね。


文章に脈絡なく、
現実は子規同様、
貪欲に食に分け入ります。

①煮物
人参・椎茸・大根・牛蒡・筍・鶏肉(若鳥ササミ) 

②土産物
沖縄オリオンビール酵母入りナッツ(姪っ子から)

③果物
サン津軽林檎(青森産)&種なし巨峰(山梨産) 
DCIM1097
DCIM1098
DCIM1100


















































もりもり盛り上がる雲へあゆむ
(山頭火1940年10月11日辞世の句:享年57歳) 

新倉先生と最後に一緒に心おきなく飲食したのは、
当ブログで述べたことがありますが、
北新地駅地下街の沖縄料理の店でした。

教え子の皆さん、
お元気ですか。

明日はもうこの話題には触れません。





 

(参照文献はこのシリーズ ずっと同じです。)

NP古里に最も接近中の紀行記事が続きます。

同時に「奥の細道」終焉の地「大垣」の地名が見え始めます。

元禄2年(1689年)
8月11日(今年の新暦では九月十一日):北枝と別れ永平寺・福井着、等哉宅に2泊。
8月14日(同九月十四日):敦賀着、その夜は晴れ。
8月15日(同九月十五日):名月は宿の亭主の懸念通り雨模様で見えず。
8月16日(九月十六日):天屋五郎右衛門主従の案内で種の浜観光。
8月18日(九月十八日):路通とともに敦賀を出発、大垣へ向かう。


下記に見える「長老」は旧知の仲にしても、
「北枝」という人物は「研ぎ師」で この旅の見送りで入門したばかり、
芭蕉にたいそう気に入られたようです。
「余波(なごり)」惜しい気持ちは「一言書き添えた扇を引き裂いて渡す」ほど強かったんですね。
はあ・・・、
曾良と別行動になっていますからね、
秋半ばの人恋しい季節だし「人好き」「男好き」の芭蕉翁です・・・。
(なにしろ遊女の同行申出を袖にした経歴がありますからね。(>_<))




丸岡天竜寺の長老、古き因あれば尋ぬ。又、金沢の北枝といふもの、かりそめに見送りて此処までしたひ来る。所々の風景過さず思ひつヾけて、折節あはれなる作意など聞ゆ。今既別に望みて、


物書て扇引さく余波哉(ものかきて おうぎひきさく なごりかな)


・・・・・・・・・・・・


 
白根が嶽かくれて、比那が嵩あらはる。あさむづの橋をわたりて、玉江の蘆は穂に出にけり。鶯の関を過て、湯尾峠を越れば、燧が城。かへるやまに初雁を聞て、十四日の夕ぐれ、つるがの津に宿をもとむ。
 
その夜、月殊晴たり。「あすの夜もかくあるべきにや」といへば、「越路の習ひ、猶明夜の陰晴はかりがたし」と、あるじに酒すゝめられて、けいの明神に夜参す。仲哀天皇の御廟也。社頭神さびて、松の木の間に月のもり入たる、おまへの白砂霜を敷るがごとし。往昔、遊行二世の上人、大願発起の事ありて、みづから草を刈、土石を荷ひ、泥渟をかはかせて、参詣往来の煩なし。古例今にたえず、神前に真砂を荷ひ給ふ。これを「遊行の砂持と申侍る」と、亭主のかたりける。

 
月清し遊行のもてる砂の上(つききよし ゆぎょうのもてる すなのうえ)

 
十五日、亭主の詞にたがはず雨降 。

 
名月や北国日和定なき(めいげつや ほっこくびより さだめなき) 

・・・・・・・・・・・・
[以下の原文部分は追補です、一日分と芭蕉の句が抜けていました。]
 
十六日、空霽たれば、ますほの小貝ひろはんと、種の浜に舟を走す。海上七里あり。天屋何某と云もの、破籠・小竹筒などこまやかにしたゝめさせ、僕あまた舟にとりのせて、追風時のまに吹着ぬ。
 浜はわづかなる海士の小家にて、侘しき法花寺あり。爰に茶を飲、酒をあたゝめて、夕ぐれのさびしさ、感に堪たり
 
寂しさや須磨にかちたる浜の秋(さみしさや すまにかちたる はまのあき)


波の間や小貝にまじる萩の塵(なみのまや こがいにまじる はぎのちり)

 
其日のあらまし、等栽に筆をとらせて寺に残す。



中秋の名月は敦賀(津=港)の宿で見ることにしたものの、
前日の「小望月」(こもちづき)は「清し」と思える良さながら、
「望月(名月)」は北国独特の「定め無き」無情の日和(ひより)で雨に祟(たた)られています。 

[これも追補ですが・・・十六日も曇りで「寂しさ」「波の間」に付けられた切れ字の「や」が、見えない十六夜月のように海面にぽつんと浮かんでいるようで物悲しいですね。]


なお「白根が嶽」は白山のことで、
「比那が嵩」(ひながたけ)は越前富士と称される「日野山」です。
後者はNP実家からよく見えます。
当ブログに記載あり、
紫式部も滞在中の歌に詠みました。


それにしても峠越えや山道も多いはずですが、
なぜこんなに急ぐのか、
よく分かりません。
体調がよくない上に早く曾良に会いたい・・・というのも歪(いびつ)ですね、
一理ありますが・・・GOAL後に分かります。


仮説を以て推理して読んでいます。

ズバリ(笑わないように( `ー´)ノ)・・・、
秋の除目*(じもく:平安中期以降の宮中行事で人事異動公示)までに、
この遠大長期の旅を終えた報告を、
「然るべき筋(省庁のイメージ)」に報告する責務があったのではないでしょうか・・・。

あっ!!
それで旅を終えたその足で、
芭蕉は伊勢神宮に参拝するのか(?_?)。


空想妄想は膨らみます。
乞うご期待、次号。
大団円近し!!!



*除目(じもく)・・・
①春の除目
諸国の国司など地方官である外官を任命した。毎年、正月11日からの三夜、公卿が清涼殿の御前に集まり、任命の審議、評定を行った。任命は位の低い官から始まり日を追って高官に進むのが順序であった。天皇の御料地である県の官人を任す意味から、県召の除目(あがためしのじもく)ともいい、中央官以外の官を任じるから、外官の除目ともいう。
②秋の除目
大臣以外の在京諸官庁の大臣を除く官吏を任命するのを主とした。一部の地方官の任命も行った。古くは春に行われていたが、平安中期から、秋(8月)に行われるようになった。官吏を任命することから、司召の除目(つかさめしのじもく)ともいう。また、在京の官を任じるので、京官の除目、外官の除目の対として内官の除目ともいう。
③追儺召(ついなめし)の除目
12月晦日の追儺の儀式の時に行われる除目。春の県召の除目、秋の司召の除目に漏れた人を任じた。追儺の除目ともいう。
④小除目(こじもく)
定例の春秋の除目のほかに臨時に行われた小規模の除目をいう。臨時の除目ともいう。

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