NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

2016年09月

あまり、というか全く元気の出る標題ではないのですが、
まあ、それはそれで「ありのままに~(^^♪」ということで。


平成28(2016)年
9月
19日:彼岸入り、子規忌
20日:台風16号で大雨洪水暴風警報(本日:想定外)
21日:故 新倉和文先生の5回目の命日=和文忌
22日:彼岸の中日=秋分の日、NP亡き父初の秋彼岸で菩提(ぼだい)寺参り予定
23日:社日(しゃにち:生まれた土地の産土神うぶすながみ を祀まつ る日で春・秋一度ずつの雑節、秋社)
24日:南洲忌(なんしゅうき:西郷隆盛の1877=明治10年の忌日)
25日:彼岸明け、亡き父の誕生日(昭和2年)
26日:同じく月命日(昨年12月26日)


頃合い良く(悪しく?)、
NP体調不良が続いていたのですが、
ひとつ結論が出ました。
最も信頼している教え子の医師IA氏の診断です。
岡山まで日帰りで検査通院してきました。

気持ち的にスッキリしたので、
あらためて頑張りま~す。
運動も夏前以来ずっと控えているのですが・・・、
その後なら大丈夫ですよと言ってもらいました。

\(^o^)/


短日(吉野弘『自然渋滞』)

葉を落した大銀杏の
休暇の取り方

どこかへ慌てて旅立ったりしない
同じ場所での静かな休息

自分から逃げ出したりしないで
自分に同意している育ちの良さ

裸でいても
悪びれず

風のある日は
風を着膨(きぶく)れています


☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡☆彡




 



・・・全国に九百種くらいはあるという柿をきままに訪ねている。

と、坪内稔典先生は「はじめに」(『正岡子規 言葉と生きる』)で記しています。

食べ物だった柿は俗語であり、
雅語の詩である和歌では対象にならなかった・・・
とのこと。
(NP注:確かに小倉百人一首で「食べ物は一首」のみ・・・それも「若菜」が春の七草という解釈です。)

(しかし子規が俳句において「奈良との新たな組み合わせ」として入れることで、)
柿は盛んに取り上げられ、日本の美しい風景になったのである・・・私は全国各地の柿に関心を持つようになった・・・と続けています。


下方画像は和歌山産の「種なしデカ」です。




子規の食べ物日記「仰臥漫録」(ぎょうがまんろく:『正岡子規』より)から・・・
明治三十四年九月二十日(曇り 時々晴れ)の午(ひる)食です。

粥三ワン 焼鴨三羽 キャベージ ナラ漬 梨一ッ 葡萄

死の一年前ですが猛烈な食欲です。
ちなみにこの日は、
朝・午・間食・晩・夜・・・と五食です。
もちろん間食には菓子パン。
大好物の果物は、
梨以外にも晩に葡萄一房と、夜に林檎二切となっています。

子規の写生観に漲(みなぎ)る生命力の強さは、
この貪欲なまでの食への拘泥(こうでい:こだわり)によるのでしょうね。
「うまい物を食ふ」ことが「小生唯一の療養法」だと、
「墨汁一滴」(M34年4月20日)の文章中で述べているそうです。


同じく鳥取産の二十世紀梨これも大玉です。


こうして子規忌は子規に「真似ぶ」一日でした。

無柿梨の聞きし子規忌の品聞かむ
(ムカキナシのキキシシキキのシナキカム⇒エスカレート回文(-_-;))

・・・柿も梨も無いと聞いた子規忌の品を聞こう・・・何を召し上がりましたか?

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『正岡子規』を職場で印刷の合間にと思いながら、
それほど読み進めなかったのですが、
仕事準備予定をこなして午後帰宅。

坪内先生の本から引き続いて菓子パンの話題です。

“先(明治三十四年)の九月二十日にも間食に「菓子パン大小数個」を食べている。”

「少年時代」の章・・・と言っても十六歳の年、
明治十六年に上京して初めて菓子パンを食べて以来、
よほど美味しかったのでしょう、
“その菓子パンを子規はずうっと愛したのだろう。”とあります。

“晩年寝たきりになった子規は、食べることを生きがいのように思うが、その好物の食べ物の中に菓子パンがあった。多い時は一度に七、八個も食べている。”


いくら何でも・・・。

そこで菓子パンはさすがに敬遠、 
中秋の名月を経て、
今日は「彼岸の入り」 ということで、
「栗どら名月」(阪神製菓)という季節の菓子を「間食」にしました。 

いつもの紅茶です。
十勝産小豆100%使用の粒あんがポイント。
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子規と菓子熨斗かと来し
(シキトカシノシカトキシ)


この日は「敬老の日」でもあり、
古里には「菓子」を熨斗(のし)付きで送っておいたことでした。 




 

しきき・へちまき・だっさいき・・・、
9月19日は正岡子規の忌日です。

今日は明日からの仕事準備で職場に行くのですが、
合間に坪内稔典(としのり)先生=ネンテンさん の『正岡子規 言葉と生きる』(岩波新書)を読みます。

昨年度の法隆寺俳句コンクールで賞を得た生徒Aくんに、
法隆寺会館での授賞式に持参を依頼して、
ご臨席の著者にサインをいただいた本です。
(2016.3.9当ブログ記事ご参照を。)

今朝「はじめに」の箇所を読み返してみて、 
「別に特別のことをしたわけではない。子規の真似をして楽しんだのである。」 とあるのが、
実感迫るものがあります。
例えば「子規が食べたものを再現して子規気分にひたる・・・」、
とてもいいですね。 

稔典先生は子規に倣い、
「・・・もう三十年近く、朝はいつもアンパンである。一個か二個を食べる。」
と記しています。

毎朝アンパンはさすがに無理かも知れませんが・・・、
何かしらNPも真似をしてみます。
「真似ぶ」は「学ぶ」の元と言いますよね。


子規は数え35歳にあたる明治35(1902)年の今日、
永眠しています。
絶筆三句は前日に認(したた)められました。
(ちょうど一年前2015.9.19の当ブログに記載があります。前日からの審議を経て、その日未明に「安保関連法案」一部別称「秘密保護法」が可決成立した日。まさに忌念日でもあります・・・独り言ね。)



台風接近ですが、
どうか災害が大きくなりませんように。


 

予定通りの「クラシック音楽館」前半・・・、
バカロフの「ミサ・タンゴ」を視聴しながら記しています。
第500回記念の定期演奏会に、
お得意のショスタコーヴィチではなく「タンゴ」?

ダイフィル(大阪フィルハーモニー交響楽団)指揮の井上道義さんならではの選曲、という声が専らです。
「大阪=ラテン」「大阪人=ラテン気質」なのだと。
(アメブロ「えばらの騎士」さんの記事などを参照。)

例によってよく分かりませんが、
「聖なるかな」「聖なるかな」「聖なるかな」・・・という大合唱を聴いていると・・・、
そんな気がしてきます。
(どんな気なんだあ~(^^♪) 

それにしても、
時折ソロで入る、
指揮者ニアサイドのアコーディオンが、
とても美しくて歯切れ良い甘い切なさです。


ところで・・・、
「黒い宝石」と異名をとる、
ピオーネ(山梨産)です。

アコーディオンと似た味わいです。
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