NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

2016年10月

ペンネームの通り、
晩秋 紅葉の頃に逝ったのですね。

こうようき・・・明治の文人 尾崎紅葉*の忌日です。
漱石や子規と同年の生まれ(慶応3年)で、
子規逝去から一年後(明治36年)の10月30日に満35歳で他界しました。
子規の早逝は知られていますが、
紅葉もほぼ同一の時代を生きたことは意外と知られていません。
後方下記にあるように『金色夜叉』(こんじきやしゃ)は未完であることや、
子規と並んで俳句界の「新派」とされていたことも。


筑摩書房の日本文學全集の「紅葉」収録の一巻は、
「漱石の家人」さんに貸したまま手元に無いので、
読み拾いを「青空文庫」で・・・。


戯曲ですね、はい。
台詞(せりふ)が舞台芸術そのものです。
地(じ)の文は台詞の為の「ト書き」**になっています。

前編のみ速読してみたのですが、
これだけの台詞とボリュームがあると、
やはり横書きはNPには読み辛いですね。
目は横並びに二つ付いているので、
本来は横書きの方が読み易いはずですよね、英文のように。

「速読教室」で仕事を得てインストラクターを短期間していたことがあるのですが、
指導パソコンの画面は常に横に流れていました。
「斜め読みでは無く塊(かたまり)読み」を強く意識するタイプの速読でした。

思い出して試みましたが「ルビ」***が多く煩わしいんですね、これが・・・。
「馴(な)れ」でしょうか、単に。


さて、そこで、
ちゃっかりと「あらすじ」を探してみました。
比較的よく知られている内容の部分ですね。

【「言の葉の森」より編集「前編」】
間貫一(はざまかんいち)は十五歳で身寄りをなくし、途方に暮れていたところを亡父に生前世話になったという鴫沢隆三(しぎさわりゅうぞう)の家に迎えられ、以来十年、一切の援助を受けている。
鴫沢家には宮(みや)という一人娘がいたが、貫一は隆三から品行方正で優秀な学生であることを認められ、宮の婚約者となっていた。
宮は自他ともに認める美女であり、美しさで富や名声を得られると考えていた。そんな宮にとって、自分の家の援助を受けている書生の貫一は、憎からず思うものの物足りない存在だった。貫一は心底宮に惚れているため、ふたりの想いには大きな落差があり、貫一は宮の淡泊さにいつも気を揉んでいた。
夏に結婚する予定だった年の新春の骨牌(かるた)の会で、宮は富山唯継(とみやまただつぐ)という銀行家の跡取りに見初められる。
夢想していた美によって富や栄誉を得られる好機に、宮と鴫沢家は貫一に黙って富山との縁談を進めてしまう。
後から事情を聞かされた貫一は激怒。
宮が静養している熱海まで追いかけて真意を聞こうとするが、宮は富山に嫁ぐ意思を変えない。
貫一は宮を蹴り倒して失踪する。

 
この後貫一は絶望の余り死のうとしても死に切れず結局高利貸しの手代となって・・・、
また宮は富山の妻となるもいかに貫一を愛していたかを思い知って・・・という劇場型の進行ですね。


確かにその通りなのですが、
この物語のキーワードは「金剛石」(ダイヤモンド)なんですね。
前編には繰り返し繰り返し用いられています。

「七千円」の財家(ざいけ:財産・財貨)を持つ相手だということも。
その頃の貨幣価値で、
漱石の朝日新聞社との専属契約時(明治40年)と同じ換算式を適用して推計すれば、
7000円×2万=約1億4000万でしょうか。
(漱石は月収200円+賞与を提示されたと言われています。社長160円よりもかなり多かったんですね。年俸にして、現在の約5000万円でしょうか。)


「夢だ夢だ、長い夢を見たのだ!」

貫一の印象的なセリフです。
尾崎紅葉自身の晩年も又このようだったのかも知れません。
大人気作家として持て囃(はや)されながら、
恐らくは過酷な執筆で健康を損ね無念の生涯を閉じています。


そして、
三島由紀夫の『金色夜叉』批評★を見付けました。
最後方に援用しておきます。
きわめて鋭いなあ、参りました。

休日ですが文化祭準備などで職場に行きます。

「紅葉の如き熟成」がありますように。

【追添付:本館の東側と西側】
DCIM1198 (1)

DCIM1199



























































*尾崎 紅葉(おざき こうよう)・・・
1868年1月10日(慶応3年12月16日)~1903年(明治36年10月30日)は、日本の小説家。本名、徳太郎。「縁山」「半可通人」「十千万堂」「花紅治史」などの号も持つ。江戸生まれ。帝国大学国文科中退。1885年(明治18年)、山田美妙らと硯友社(けんゆうしゃ)を設立し「我楽多文庫」(がらくたぶんこ)を発刊。『二人比丘尼 色懺悔』で認められ、『伽羅枕』『多情多恨』などを書き、幸田露伴と並称され(紅露時代)明治期の文壇の重きをなした。1897年(明治30年)から『金色夜叉』を書いたが、未完のまま没した。泉鏡花、田山花袋、小栗風葉、柳川春葉、徳田秋声など、優れた門下生がいる。
俳人としても角田竹冷らとともに、秋声会を興し正岡子規と並んで新派と称された。
【付記】1897年(明治30年)、「金色夜叉」の連載が『読売新聞』で始まる。貫一とお宮をめぐっての金と恋の物語は日清戦争後の社会を背景にしていて、これが時流と合い大人気作となった。以後断続的に書かれることになるが、もともと病弱であったためこの長期連載が災いし、1899年(明治32年)から健康を害した。療養のために塩原や修善寺に赴き、1903年(明治36年)に『金色夜叉』の続編を連載(『続々金色夜叉』として刊行)したが、3月、胃癌と診断され中断。10月30日、自宅で没した。紅葉の墓は青山墓地にある・・・。
(Wikipdediaより編集。(^^)/「もともと病弱であったため」以降は、漱石の歩んだ道と酷似して重なりますね。そして、「朝日」新聞が漱石をどうしても欲しがった理由も「読売」での紅葉ブレークと合わせて見えてきます。ちなみに、だからこそ芥川を招聘しょうへい したのは「毎日」だったのです。)

**ト書き・・・
〔指定の言葉が「…ト両人歩み寄り…」などと「ト」ではじまる、歌舞伎脚本から起こった語〕
脚本で、せりふの間に、俳優の動き・出入り、照明・音楽・効果などの演出を説明したり指定したりした文章。
(大辞林・第三版)

***ルビ ruby ・・・
振り仮名用の活字。また、振り仮名。英国でルビーとよばれた5.5ポイントの欧文活字の大きさが、和文で5号活字の振り仮名として用いた7号活字とほぼ等しかったところからいう。「―を振る」
(同上、へえええええー(^◇^)。) 


★・・・
三島由紀夫は、金色夜叉の名文として知られる、「車は馳せ、景は移り、境は転じ、客は改まれど、貫一は易らざる其の悒鬱を抱きて、遣る方無き五時間の独に倦み憊れつゝ、始て西那須野の駅に下車せり」を挙げ、この名文が浄瑠璃や能の道行の部分であり、道行という伝統的技法に寄せた日本文学の心象表現の微妙さ・時間性・流動性が活きている部分だと解説し、「『金色夜叉』は、当時としては大胆な実験小説であつたが、その実験の部分よりも伝統的な部分で今日なほ新鮮なのである」と述べている。また小説の主題である金権主義と恋愛の関係については、「金権主義が社会主義的税制のおかげで一応穏便にカバーされてゐる現代は、その実、『金色夜叉』の時代よりもさらに奥深い金権主義の時代なのであるが、これに対する抗議が今ほど聞かれない時代もめづらしい。といふのは、現代では、金権主義に対抗する恋愛の原理が涸渇してゐるからであり、『金色夜叉』において、金に明瞭に対比させられてゐる恋愛の主題には、実はそれ以上のものが秘められてゐたのである」と述べている。
(Wikipediaより「金色夜叉」の項目から。凄いですね(@_@。) 

退院後初めて。

シナモンロール・ハーフ

レギュラーコーヒー 
DCIM1195














退院した日、
非番だったイチロー医師は、
わざわざ出勤して病棟に白衣で現れ、
NPを岡山駅まで私服にマイカーで送ってくれました。

病室を出る際と、
感謝で別れた後とに詠み、
無事帰阪・帰宅して、
短歌作りの先輩知人MNさんに送信した歌二首です。



退院の挨拶は無視されたまま
爺やを残し相部屋を出る


闘病の勝者ではなく祝いする
駅地下のコーヒー美味にはあらず



今、
コーヒーもそうですが、
パンケーキが本当に美味しく感じられます。
これも感謝です。


 

末枯:うらがれ・・・草木の葉や枝が先の方から枯れ始めること(晩秋の季語)。
(歳時記カレンダーより)

積雲:せきうん・・・晴れた日によく発生する綿のような形をした雲(綿雲とも)。
(Wikipediaより)

正門前庭から生駒山上空を望んで、
秋の名残を惜しむ土曜の昼休み時間でした。


積雲の青突き抜けて末枯れる
(NP)
DCIM1193

















「それ」を名付けて、
どう呼ぶかということが「呼称」です。

中三のNPクラスは、
11月3日の文化祭模擬店で、
たこせん・たません・とうもろこしの三点を扱うのですが、
お店の名前が決まりました。
「ピコタコピコタマピコーン」という長いものです(?_?)(*_*;(@_@。
日本の競馬馬としてはとても走れないぐらい長い(9カタカナ文字迄)(^^;。

今を時めく「ピコ太郎」にちなんだネーミングとのことです。
なるほどね、おいしそう(^^)/。

是非ご来校、
お買い求め、
お召し上がり下さい。
トリプルオススめです。


では問題を三つ。

Q1: じょ・は・きゅう

これは当ブログ読者のかたには馴染み深いのですが、
あらためて問いかけます。
それぞれ何の呼称で、
この三つ全体で何を意味するのでしょうか?


Q2:とく・ち・たい

これは語順を変えても聞く言葉のようですね、
上記1に同じです。
それぞれ何の呼称で、
この三つ全体で何を意味するのでしょうか?


Q3:はた・ぼう・たま

これが実は今日のメイン問題です、
ヒント⇒音楽好きのかたなら。
これは何の呼称で、
この三つ全体で何を意味するのでしょうか?


どの問いにでも構いません、
ご回答なりご意見をお寄せ下さると嬉しいです。


Be triple !!!



 

2015年のフレデリック・ショパン国際音楽コンクールで、
第7位に入賞した小林愛実さん(当ブログ記事あり)の、
その演奏時にも付けていらっしゃったものに近いと思われる、
8分音符のゴールド・ネックレス本体です。(「楽天市場」より)
p0672_1














・・・小林さんは、
このネックレスに祈りをこめるような触れ方をしてから、
眼前の鍵盤に向かうという、
「ルーティン(ワーク)」*をなさっているのでは・・・と、
「ピアノ命」の知人のかたから教えていただきました。 


久しぶりに、
今朝はピアノ曲を小林愛実さんで視聴しながら過ごしています。

上記ショパコンでの二十歳時の演奏です。
確かに直前にネックレスを両手で握りしめるようにしてから、
「ノクターン第7番嬰ハ短調Op.27-1」を、
左手だけで徐(おもむろ)に弾き始めています。

早朝に聴く「夜想曲」も心鎮まる乙(おつ)なものです。
ネックレスへの祈りが伝わってくるようです。

・・・・・・・・・・・・

NPは、
自身のルーティンワークについて、
随分見直しを図った一年間になりそうです。

心と頭と体、
この三位一体対比(当ブログ記事あり)を、
これからどうしようか・・・ということですね。


気付けば2016年も、
残り二か月余りになってきました。

皆さんには、
素敵なルーティンワークに彩られた、
素敵な一日一日になりますように。



*ルーティンワーク routine work ・・・
決まった手順で繰り返し行われる定常作業、あるいは日常の仕事をいう。生産工場で決められた作業手順により、1台1個ごとに繰り返し行われる作業、あるいは始業前の準備、終業時の整理整頓のように毎日決められた手順で行う作業などをいう。このように定常的に行われる作業を定常作業といい、これに対し異常処理、突発事故対策のような作業を非定常作業ということもある。事務所業務でも毎日あるいは毎月決められた手順で行われる業務もルーティンワークといわれ、新規業務などの企画、計画、あるいは仕事の仕組みの改善を行うなどのプロジェクト的業務と対比される
[「大車林」より・・・他の説明では「創意工夫のない」「つまらない」のニュアンスにも触れているものがありましたが、それは違いますよね、むしろ「プロジェクト」の為に欠かせないのではと思われます。] 




 

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