NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

2016年12月

午前十時頃、
書類整理という名目で今年最後の残務に寄ってみました。

溢れて流れ落ちる滝のような音だけが谺(こだま)しています。

手前は玄関エントランスですが誰もいません。

高三生の授業は粛々と続いていました。
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大晦日唯水音の響きけり
(NP)


今年もいろんなことがありました。
もう間もなくそれら全てが去年*になります。





「貫く棒の如きもの(虚子)」があるとすれば、
それは「変わらない自分」と、
「変わりゆく自分」との重複対比の、
重複部分に他ならないと思います。


どちらも自分自身の本当の姿なのだと。


*去年(こぞ)・・・
コゾの語源は未詳であるが《去年》の意に用いるのは万葉集以降。古事記ではこの語を《今夜》の意に用いており、これに対するキソ《昨夜》も存在することから、時に関する語の形態的類似性が注意される。
[「HAYASHI Yoshio」さんのツイートより]

 

2016年に扱う最後の「知っておきたい野菜」、
「冬の緑黄色野菜」です。

画像は鹿児島産の「ブロッコリー」で、
和歌山産の「キヌサヤ」(春の緑黄色野菜「サヤエンドウ」の一つ)と共に。
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大晦日は例年、
「無茶食い無茶飲み」していたような記憶がありますが、
今年は「年越し蕎麦」を20時頃 早めにいただきました。
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Eテレのクラシック音楽番組を視聴しながら・・・。

この時の、
謂わば「ソバのアテ」のようなもの。
塩茹でのみでじゅうぶんに甘く感じられて美味しい。


地中海から大西洋岸に自生する、
キャベツの変種で、
未発達のつぼみと茎が食用です。

主な栄養分は、
カロテン・ビタミンC(キャベツの4倍)・カリウム・カルシウムと、
葉酸・鉄分。
他にビタミンA、Eを含み、
抗酸化力*が高まることが知られているそうです。
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*抗酸化力(こうさんかりょく)・・・
「抗酸化力」を知るには、まず「活性酸素」を知っておく必要があるでしょう。私たちが生きていくためには酸素が不可欠ですが、身体に取り込んだ酸素の一部は、他の分子と結びついて高い酸化力をもつ「活性酸素」になります。活性酸素は、酸素分子が他の分子と結び付いたり、電子だけを奪ったりして出来る化合物です。分子の構成で数種類あり、特性を持っています。
私たちの身体は加齢とともに老化していきますが、これは活性酸素によって細胞が金属と同じように錆びていくことなのです。「錆びる」つまり「酸化」は活性酸素の仕業なのです。活性酸素は絶えず身体の中で作られています。そしてこれが蓄積されると単に老化を早めるだけでなく、がん細胞が増殖したり動脈硬化を引き起こすなど、様々な疾病の原因になることが分かっています。でも、生きていくのに酸素が不可欠である以上、私たちの身体にはこの活性酸素の働きを阻止する物質もシッカリと作られています。それが「抗酸化物質(スカベンジャー)」というもので、その働きが「抗酸化力」です。
[「南東北minamitohoku」より] 


なお、
前回⑨蓮根クイズ(蓮根を用いたお正月料理は?)は次回に繰り越しです。
さあ、
2016年も残り50分を切りました。





 

Eテレ何度目かの再放送ですがNP初めて、
「魂に響くピアノを  中村紘子さんの残したもの」を視聴しています。

大晦日18:25~19:55で、
「親交のあった方々の話を交えながら多方面にわたる業績と思い出の演奏をたどる」趣向です。
手話ニュースを挟んで、
20:00~N響第9演奏会、
21:20~クラシック・ハイライト2016~23:45迄へと続いてゆきます。

それにしても中村紘子さんのピアノは力強さの極致ですね、
叩き付けるような弾き方がやはり目を射て刺戟(しげき)的です。 

タコの吸盤のようにしなやかで柔らかい弾き方に矯正されねばならなかった時、
それまでとは全く異なる理想型を目指すことを強いられ、
帰国すればそれまで師事していた先生との間に決定的溝が出来てしまい、
辛かった苦しかったでしょうね。

作家・庄司薫さんとの結婚が転機になるものの、
すっかり吹っ切れるのはもう五十歳代になってから。

語りは女優の檀ふみさんでとても相応しいトーンと落ち着きです。

【楽曲】
「ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11から第1楽章」
ショパン:作曲
(ピアノ)中村 紘子、(指揮)ウィルヘルム・シュヒター、(管弦楽)NHK交響楽団
(16分16秒)
~1960年10月19日・イギリス BBCスタジオ~
⇒N響初の世界一周公演でソリスト、お人形のように着物を纏(まと)いながらの熱演。 

「ポロネーズ 変イ長調 作品53“英雄”」
ショパン:作曲
(ピアノ)中村 紘子
(6分48秒)
~1993年6月1日・サントリーホール~
⇒ショパコンで日本人初の第4位入賞、しかし一方で・・・という想い出の「ショパン」。 

「パルティータ 第2番 ハ短調 BWV826から“サラバンド”」
バッハ:作曲
(ピアノ)中村 紘子
(2分54秒)
~2013年10月20日・サントリーホール~
⇒貫禄ととるか、最早晩年の闊達すぎる優雅さ力感溢れる「均質性」のようにも・・・。

「ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 作品23」
チャイコフスキー:作曲
(ピアノ)中村 紘子、(指揮)エフゲーニ・スヴェトラーノフ、(管弦楽)NHK交響楽団
(35分47秒)
~1997年9月6日・NHKホール~
⇒これはNHKオンラインの解説にもあるように、圧巻の演奏で惹きつけられますね。 

浜松国際でしょうか、公開指導での弾き手に訴え諭すようなシーンが印象的でした。
ショパコン2015年第1位のチョ・ソンジンをも、
こうして育て上げたということなのでしょうね、
強烈熱血です。 

 
叩くような中村紘子聴く晦日
(NP)

・・・・・・・・・・・・

今、
ベートーヴェン第9交響曲「合唱つき」の「歓喜の歌」を、
後景にTV画面の音像、
前景にスマホのワンセグディスプレイという変型ステレオで鑑賞しています。

いいですね、
輪唱のようなズレと広域レンジ感。

12月21日NHKホールでの演奏ですが、
大きな拍手が鳴り止みません。


ヴァイオリンと合唱谺(こだま)して第九
(NP)


・・・・・・・・・・・・

【2016年訃報】
ピエール・ブーレーズ(1月5日90歳:作曲家・指揮者・現代音楽家)
ニコラウス・アーノンクール(3月5日86歳:指揮者)
冨田勲(5月5日84歳:シンセサイザー・音響作家)
中村紘子(7月26日72歳:ピアニスト)


今、
小澤征爾さん(グラミー賞受賞)指揮の、
ベートーヴェン交響曲第7番イ長調op.92*をワンセグで視聴しています。
(TVは家人によって「紅白」に変わっています。)


世界のオザワは健在です。


ピアノ演奏会へ行きたいのは勿論、
オザワもしくは交響曲を聴きたい、
2017年。

クラシック以外では、
ゆずのドームツアーも抽選申し込んでいます。


少し辛いことが多く、
乗り越えることで少し強くなれたかな・・・、
2016年は残り2時間ほどになりました。

ワンセグではショスタコーヴィチを、
TVでは五木ひろしを、
華やかな異種格闘技的な共演を聴きつつ・・・、
大晦日は更けてゆきます。



*・・・
この交響曲が完成したのは、1812年5月、ベートーヴェンが41歳のときのことです。ベートーヴェンは耳を病んだ絶望感から立ち直って第3番『英雄』を、外界への失意と闘争感を込めて第5番『運命』を書きました。そして第6番『田園』交響曲を仕上げて後、3年間も交響曲作曲は空白が続きます。この期間はベートーヴェンにとって苦難の連続でした。戦争による財政的困窮の中、健康状態も悪化し、婚約者テレ-ゼとの恋愛は破局を迎えます。しかしその後、保養地で友人に囲まれて安らいだ生活を取り戻したベートーヴェンはやがて、1806年には描いていたというこの曲のスケッチを再び手にします。ベートーヴェンの9つの交響曲は、初期の第1番を除いて奇数番号は雄大で、偶数番号は優美であると言われますが、このような背景で書かれた第7番は、ひときわ豪放堅固にして活気に溢れた曲想で知られています。実際にこの時期、ベートーヴェンは明るい長調の曲を多く作曲しており、戦争と失恋の痛手から悲壮感に陥ることなく復活したという自信と大らかさに満ちていたことが想像されます。
この曲をワーグナーは「舞踏の聖化」、リストは「リズムの神化」と賞賛しましたが、その言葉どおり、全曲を通じて律動する揺るぎないリズムが、明るい中にも強い意志や変わることのない主張を表現し、聴く者の息を弾ませ、浮き立つような喜びを与えています。
[www.asahi-net.or.jp/より] 








 

正確な元記事の標題は、
“ 「原子力の日」に届いたコメントより ”で、
2016/10/27付けの「原発・核カテゴリー」に入っています。
そのコメント欄に当ブログ有数のコメント氏「一勝九敗」さんが、
2016年大晦日の本日付けでコメントを寄せて、
自己見解を詳(つまび)らかにして下さったものです。

大切な問題なので先ずは全文引用します。

【一勝九敗】さんのコメント(2016-12-31 08:49:28)
実験炉の「常陽」、原型炉の「もんじゅ」、そして次はフランスと共同開発する実証炉「ASTRID」の経済的な検証が始まります。 僕は福井の方や原発があるところの地域の方には悪いんですけど…高速増殖炉の開発には賛成よりです。なぜなら化石燃料は向こう100年そこらで途絶えてしまう燃料、しかし天然ウランの99.7%を占めるウラン238(普通は燃料となりえない)を主に使い、プルトニウム239に変え高速増殖炉として使用する場合向こう数千年の電力確保が可能になります。(しかし減速材としての水を用いず、ナトリウムを使用するのでナトリウム爆発を起こす危険や中性子が暴走する危険があります) 
今使われてる原発は比較的安全な軽水炉、重水炉がほとんどを占めていてこれは天然ウランの0.3%しかないウラン235(核分裂可)を使用します。 ある試算によると60年ほどしか使えないようです。 
それで日本が原発の開発をやめると資源がないので自由貿易、自由な外交ができなくなり非常に不利な状況に陥ってしまいます(今回のパール・ハーバーでのアリゾナ 記念館訪問は戦争での負の遺産を清算し、国交をさらに自由化するためでもあるとも安倍晋三首相は言及しています)。 
だからこそ、この混沌とした状況だからこそ今エネルギー開発をやめるわけにはいかず、開発を進める必要があるのだと思います。(余ってるプルトニウムの問題もあると思います)
 

NPすぐにコメント対応すべきなのですが、
このコメントの内容に対してそれから間もなく、
実は別のかたからのコメントを「非公開」ながらいただいています。 
そのかたのご意見が余りにもNP同感の極みだったので、
逆に慎重になっているのです。 
そのかたのことを、
仮に「WebWriterさん」と呼ばせていただきます。

少しNP編集・繋(つな)ぎが入って申し訳ないのですが、
おおよそ以下のような主旨になっています。

【WebWriter】さんのコメントからの「援用」です。
とあるFacebookでも同様な言及があるのですが、こちらの記事と問題の構図は相似かと思います。
村上春樹が原発推進派を徹底論破! 15万人の人生を踏みつける“効率”に何の意味がある?
(http://lite-ra.com/2015/04/post-1047.html)
「一勝九敗」さんの問題意識は、我々にとっては「聞き飽きた」「陳腐な」ものに聞こえますが、世界についていろいろと考え始めた時期であろう彼にとっては、重大な価値あるものでしょうから、真っ向から論破するのではなく、より広い視点から考えるために、きっかけにしてあげたいですね。


この「リテラ」で2015.04.23に掲載されている、
「村上春樹が原発に反対の意志を明確に」という記事も是非まだのかたは読んで下さい。

そして、
これは村上春樹さんの「カタルーニャスピーチ」以来の強い反対意思表明の流れですから、
「村上春樹カタルーニャ国際賞スピーチ全文」
(http://kakiokosi.com/share/world/183)に、
しっかりと目を通してほしいのです。
それは大きく遡って2011.6.09(現地時間)に発信された受賞記念スピーチです。
スペインの国際的な文学賞「カタルーニャ賞」を受賞した作家の村上春樹氏が、授賞式の スピーチで東日本大震災における原子力発電所の事故について触れ、「私たち日本人は 核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった」と訴えかけたのです。

村上春樹投手が初めて投げた「原発批判・反対」という直球であり剛球でした。

これに対して無論、
「エルサレムスピーチの壁と卵の方がよかった」、
「戯言(ざれごと)だ」「全然すごくない」・・・というネット打者の反発打球も見受けられます。


しかし、
このスピーチこそが上掲「村上春樹が原発推進派を徹底論破!」に至った原発論議の原点でもありますから、
そして当ブログは国語・文学に重きを置いた趣向内容ですから、
是非とも文学者・作家の声に、
聞いたことの無いかたもあるかたも、
心を目と耳を傾けていただきたいと考えています。
(肉声音源もアップされています。)


またそれからお越し下さることを願っています。




 



 

去年今年貫く棒の如きもの
(高浜虚子『六百五十句』S30年所収、作句はS25年12月25日で新春放送用。)
「こぞことし」は新年の季語です。


NPが徳島県の木頭村(現在は那賀郡那賀町木頭)に住居を借りていたのは15年程前、
ちょうどミレニアム騒動の頃ですから2000年と2001年の二年間でした。 

まさしく「トトロの家」風の・・・というお話はずっと以前にも当ブログで記しました。
「晴耕雨読」の筈だった山紫水明(さんしすいめい)の桃源郷*では、
高知に職を求めるNPの不徳で、
意のままにならない生活でしたが、
今でも「心の古里」です。

その時知り合った、
当時の村長さんで、
「初めてダムを止めた男」として知られる、
藤田恵さんと連絡がとれそうです。
(年明けにまた詳報を載せます。)

特産の「柚子しぼり・詰め合わせ」を先日送ってくれた、
木頭在住の妹夫婦(以下妹はMP)からのメール情報で、
2017年賀状を差し上げたのです。 

なんと神戸にお住まいで「釣行三昧」(?ちょうこうざんまい:NP造語)とのこと。

よく高知県境の「四ツ足トンネル」まで登坂往復ジョギングしては途中お会いしたものです。

南阿波サンライン黒潮マラソン(徳島県日和佐町・大浜海岸発着のフルマラソン)も、
一度ご一緒して完走後に当時のご自宅で御馳走になり、
歓談させていただいた覚えがあります。 

あの時いただいた本『ゆずの里 村長奮戦記』(1999年 悠飛社、著者サインと落款らっかん付き)を、
懐かしく慕わしく読み返しています。
前年度に北川小学校に山村留学していたGPも束の間の数行分だけ登場しています。
DCIM1947

藤田さんは中央大学法学部ご出身、
いろんな経緯と村内の軋轢(あつれき)とがあって大変ご苦労されましたが、
結果的には「97年国が木頭村に計画する細川内(ほそごうち)ダムを、国の巨大ダムとしては日本の行政史上で初めて、事実上中止の一時中止に追い込む。」と、
御著書の帯裏に記されています。


神戸の街で是非再会して、
山や海のような話をしてみたいと考えています。

MPと連れ合いGTさんも言っていましたが、
今年は「ゆず玉」(柚子果実)の出来が余りよくないとのことです。
天候のせい(雨?暑さ?)のようですが・・・。 

「完全無農薬無添加」柚子しぼり他の戴きものは、
正月用に重宝させていただきます、
有り難うございました。
DCIM1942
DCIM1943


 
*桃源郷(とうげんきょう)・・・
「楽園」「ユートピア」「シャングリラ」「エルドラド」「アヴァロン」「エリュシオン」「アルカディア」「イーハトーヴ(宮沢賢治)」など様々な言い方や物語を有する「理想郷」のひとつ。
中国の陶淵明の作品『桃花源記』が出処になっている。桃源郷への再訪は不可能であり、また、庶民や役所の世俗的な目的にせよ、賢者の高尚な目的にせよ、目的を持って追求したのでは到達できない場所とされる(日常生活を重視する観点故、理想郷に行けるという迷信を否定している)。
創作されてから約1600年経った現在でも『桃花源記』が鑑賞されているのは、既に人々の心の内にある存在を、詩的に具象化したものが桃源郷であるためとされる。既に知っているものであるため地上の何処かではなく、魂の奥底に存在している。桃源郷に漁師が再訪出来ず、劉子驥が訪問出来なかったのは、心の外に求めたからであり、探すとかえって見出せなくなるという。
[NP調べとWikipediaより] 

 



あの地にもう一度立ちたく去年今年
(NP)




































 

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