NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

2019年08月

南熊山人画伯にお借りした一冊
ミシマ社から1年前の今日28日
に刊行され手元には第五刷版 ‼️

札幌・くすみ書房の店主だった
故・久住邦晴氏の遺作で帯裏に
あるように胸が熱くなり雨通勤
の列車内で発信しています。📖

街の書店文化を守り
読書離れに歯止めを


山人さんの端折りや
マーカー随所にあり。

本を愛する大人たちのおせっかい
「中学生はこれを読め」
「高校生はこれを読め」
にも触れています迫力ある推薦。


繰り返しますが
胸が熱くなって
この国の文化に
何が欠けている
のかが見えます。


山人さんが近々参画する
画展イベントのハガキも
いただきました併載です。


これを読め時代を洗ふ秋の雨
(宏)

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阪急河原町の高瀬川畔
カレー&ワインのバー

若手俳人作曲家

熟年洋画芸術家

単なる所謂NP
との
トライアングル


綿柎開く宇宙此処にも彼処にも
(宏)


この日は七十二候では
「綿柎開:めんぷひらく」
綿の実の萼が開いて綿
を吹き始める頃の 末日。

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たくさん
あじわい
ました8月

とにかく俳句三昧
応援しました。

さらに
ふかめ
ますね9月

競技かるた大会
ラグビーワールドカップ
応援に行きます。


応援の声爽やかに熟(こな)れたり
(宏)


爽やかは秋の季語です。

この系列では

清々-すがすが しい(初夏)
暑い(三夏)
涼しい(三夏)
爽やか(三秋)
冷ややか(仲秋)
寒い・冷たい(三冬)
暖かい・温-ぬく い(三春)
麗-うら らか(三春)
長閑-のどか(三春)
…などがあります。

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「自分の感受性ぐらい」
(1977年刊の同タイトル詩集より)

ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

苛立つのを
近親のせいにするな
なにもかも下手だったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな 志にすぎなかった

駄目なことの一切を
時代のせいにするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

・・・・・・・・・・・・

この詩は
いつかどこかで読んだ気がしていたのですが
今年6月に「まるちょう」さんという医者の
かたのブログで新たに教えていただきました。

NPがお気に入り登録をしているブログは…

「深山の桜」(長谷剛さん)
「よろず大学」(水埜正彦さん)
「まるろぐ@晴耕雨読」(まるちょうさん)

…などですが直接親交の全くないのは
まるちょうさんで…ご自身の胸部造影
に異常がなかったそうでNPもホッと
しているところです… 音楽に美術に
文学に歴史に体育に介護に政経にと
とにかく信じられないマルチな才人
のかたで…このかたの病院に自分も
かかってみたいと思っているぐらい。


「自分の感受性ぐらい」は

ひとのせい
友人のせい
近親のせい
暮らしのせい
時代のせい

にするのは

自分のせい

だということですよね。


このなかで

ひとのせいにするのは 無責任
友人のせいにするのは 身勝手
近親のせいにするのは 自業自得
暮らしのせいにするのは やるせない
時代のせいにするのは ご都合主義 

そして

自分のせいにするのは
哀しいですよね。


「人は哀しい 哀しいものですね」
という一節を持つ小椋佳さんの
「愛燦燦」の歌詞はこの後…

「人はかよわい かよわいものですね」
「人はかわいい かわいいものですね」

と続いてゆきます。

自分の感受性ぐらい
守りたい…感受性は
考察判断というより
直截(ちょくせつ)*
的で直感的なもの…。

だから…感覚を磨く
鍛える制御すること
をしないと守れない。

哀しい
かよわい
かわいい


ひとを責める
友人を疑う
近親を恨む
暮らしを嘆く
時代を批判する

そして
自分を傷つける
つまり自傷すること

哀しい
かよわい

かわいい?

なるほど?

でも… そうとばかりも言っていられない気がします。

かわいい…
「もろくよわいこと」
すなわち
「脆弱さ」に繋がっているような気が…。

もっとそう…

「つよくしなやかであること」
つまりは
「強靭さ」を大切にしたいと考えます。


所詮は ばかものですが・・・

この詩で呼び掛けている相手
それは勿論… 自分自身であり
そこがよく出来ているのです。

しかし乍ら

言うは易く
行うは難し

…なのです。


【追句】
しかしながらと言ひたくて秋の空
(宏)


*直截・・・
遠回しではなくすぐにずばりと言うこと
「ちょくせつ」が正しく「ちょくさい」
は誤読なのですが慣用読みで定着です。










実際には蒸し暑くて
二十四節気「処暑」
暑さおさまるところ
とは思われません…
この夏休みから愛用
のポーチ型文具入れ
この中には更に愛用
のステイショナリー

子規記念館で購入の
宇多喜代子先生の本
を読んでいますが…
もっとゆっくり落ち
着いて初秋の夕暮れ
時を過ごせたならと
いつも思っています

でもそんな時が来る
日には文字通り人生
の黄昏時なのだろう
と考えてしまいます

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