2026年07月
東野圭吾さん68歳ご逝去を悼む
謹んでお悔やみ申しあげます。
『クスノキの番人』がわたしの本年で直近に
読んだ作品そしてみた映画になりました⋯⋯
乱歩賞『放課後』からの大好きな作家さんで
直木賞『容疑者Xの献身』は何度読んだこと
か又映画を何度みたことか⋯⋯『麒麟の翼』
は学友ニッシイと聖地巡礼した日本橋の像。
たくさん読みました、又映画化されれば必ず
スクリーン馳せ参じました⋯⋯『新参者』も
『祈りの幕が下りる時』も『マスカレード・
ホテル』も『ナミヤ雑貨店の奇蹟』もそう。
わたしのいちばん夢中になっていた頃の
今でも最も心に残る一作は『宿命』更に
阪神淡路大震災モティーフ『幻夜』です。
スマホのネット訃報を読みながら「ウソ」と
呟いたのは仕事帰りの立ち呑み屋でした⋯⋯
新メニュー「夏野菜の揚げ浸し」に感動⋯⋯。
【喩ふれば夏野菜東野圭吾】
『クスノキの番人』がわたしの本年で直近に
読んだ作品そしてみた映画になりました⋯⋯
乱歩賞『放課後』からの大好きな作家さんで
直木賞『容疑者Xの献身』は何度読んだこと
か又映画を何度みたことか⋯⋯『麒麟の翼』
は学友ニッシイと聖地巡礼した日本橋の像。
たくさん読みました、又映画化されれば必ず
スクリーン馳せ参じました⋯⋯『新参者』も
『祈りの幕が下りる時』も『マスカレード・
ホテル』も『ナミヤ雑貨店の奇蹟』もそう。
わたしのいちばん夢中になっていた頃の
今でも最も心に残る一作は『宿命』更に
阪神淡路大震災モティーフ『幻夜』です。
スマホのネット訃報を読みながら「ウソ」と
呟いたのは仕事帰りの立ち呑み屋でした⋯⋯
新メニュー「夏野菜の揚げ浸し」に感動⋯⋯。
【喩ふれば夏野菜東野圭吾】
合掌
惑星のおもひで自転軸めろん
くださったかたと初めて話したのは
丁度五十年前の関西学院大学時計台
即ち図書館の外右側通路だった⋯⋯
彼は当時美学を専攻していて絵の描
ける人で其の後英語教員になり⋯⋯
四年後に現在の神戸市の私立勤務校
の一つ(当時は女子高校)で同僚と
なり(私は大学院在籍の非常勤講師)
⋯⋯さらに四年後に別れて大阪私立
男子中学高校に行った私と賀状往来
や友人本人の結婚披露宴など少ない
交流は続き⋯⋯四十ニ年ぶりに現在
は共学となった高校に非常勤講師と
して復帰の私と今又同僚なのである。
御影の南天荘画廊にも近々では六月
の太宰治展の朗読会にも顔見せして
くださった⋯⋯清流の住吉川を挟み
両岸ほど近い在所に住ま居していて
⋯⋯畔の東灘区図書館ロビーで私の
もう一つの勤務校での仕事帰り時刻
に待ち合わせて大玉の高知産メロン
を頂戴した⋯⋯戴きものは無論だが
出会いや別れや再会に際し奇跡的な
物語がありこころから感謝している。
7月28日は三十六歳で逝った娘の
丁度五十年前の関西学院大学時計台
即ち図書館の外右側通路だった⋯⋯
彼は当時美学を専攻していて絵の描
ける人で其の後英語教員になり⋯⋯
四年後に現在の神戸市の私立勤務校
の一つ(当時は女子高校)で同僚と
なり(私は大学院在籍の非常勤講師)
⋯⋯さらに四年後に別れて大阪私立
男子中学高校に行った私と賀状往来
や友人本人の結婚披露宴など少ない
交流は続き⋯⋯四十ニ年ぶりに現在
は共学となった高校に非常勤講師と
して復帰の私と今又同僚なのである。
御影の南天荘画廊にも近々では六月
の太宰治展の朗読会にも顔見せして
くださった⋯⋯清流の住吉川を挟み
両岸ほど近い在所に住ま居していて
⋯⋯畔の東灘区図書館ロビーで私の
もう一つの勤務校での仕事帰り時刻
に待ち合わせて大玉の高知産メロン
を頂戴した⋯⋯戴きものは無論だが
出会いや別れや再会に際し奇跡的な
物語がありこころから感謝している。
7月28日は三十六歳で逝った娘の
三年めの祥月(しょうつき)命日
五日目は冷水スタミナそばで締め
四日目は冷やしおろしを河童忌に
季重なりともとれる上の句
たしかに
冷やし〇〇は三夏の季語
大根おろしは親季語大根が三冬の季語
河童忌7月24日は芥川龍之介の忌日で晩夏の季語
しかし
冷やしやおろしだけでは純然たる季語ではない
よって
宮澤賢治流の詩的俳句(後日ご説明)になるのだが
河童の縁語である「胡瓜」に代え「大根」援用。
この三段階の構文(三段論法ではない)は
「譲歩構文」と言われ小論文指導の基本と
なっている⋯⋯四連勤目でも奨励した技巧。
ところで芥川龍之介が睡眠薬過剰摂取で自死した
7月24日(昭和ニ年1927年)は当時文学論争をし
ていた作家谷崎潤一郎の誕生日でもあったことで
あてつけ死のようにも見えたらしく谷崎はすぐに
神戸岡本の自宅から上京した⋯⋯気象観測史上で
東京が最高に暑かった年と言われ⋯⋯ただ暑さが
嫌だったからの内田百閒説も合わせミステリアス。
【九十九年河童忌の尚暑暑し】
たしかに
冷やし〇〇は三夏の季語
大根おろしは親季語大根が三冬の季語
河童忌7月24日は芥川龍之介の忌日で晩夏の季語
しかし
冷やしやおろしだけでは純然たる季語ではない
よって
宮澤賢治流の詩的俳句(後日ご説明)になるのだが
河童の縁語である「胡瓜」に代え「大根」援用。
この三段階の構文(三段論法ではない)は
「譲歩構文」と言われ小論文指導の基本と
なっている⋯⋯四連勤目でも奨励した技巧。
ところで芥川龍之介が睡眠薬過剰摂取で自死した
7月24日(昭和ニ年1927年)は当時文学論争をし
ていた作家谷崎潤一郎の誕生日でもあったことで
あてつけ死のようにも見えたらしく谷崎はすぐに
神戸岡本の自宅から上京した⋯⋯気象観測史上で
東京が最高に暑かった年と言われ⋯⋯ただ暑さが
嫌だったからの内田百閒説も合わせミステリアス。
【九十九年河童忌の尚暑暑し】






