NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

2026年07月

無言・静寂と書いてどちらも「しじま」です

画像左手が大谷祖廟の本堂で正面上方に御廟

大谷では毎月13日28日に法話があります

この日も永代経法要の回向読経の後15分程

「無量寿」(むりょうじゅ:無限の命)
「無量光」(むりょうこう:無限の光)

どちらも阿弥陀如来を指すという今日の学び

「ひかり」はわたしの連作小説の主人公の名

又NP誌でお会いできると嬉しいのですが⋯⋯

作中では関西学院大学に進学希望の十七歳で

クリスチャンでも仏教檀家でもない設定です
ただ舐瓜(メロン)が大好きなキャラなので

古い友人に貰った命日供養の一切れを下方に


【古き友より供養の舐瓜届く】



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謹んでお悔やみ申しあげます。

『クスノキの番人』がわたしの本年で直近に
読んだ作品そしてみた映画になりました⋯⋯
乱歩賞『放課後』からの大好きな作家さんで
直木賞『容疑者Xの献身』は何度読んだこと
か又映画を何度みたことか⋯⋯『麒麟の翼』
は学友ニッシイと聖地巡礼した日本橋の像。


たくさん読みました、又映画化されれば必ず
スクリーン馳せ参じました⋯⋯『新参者』も
『祈りの幕が下りる時』も『マスカレード・
ホテル』も『ナミヤ雑貨店の奇蹟』もそう。


わたしのいちばん夢中になっていた頃の
今でも最も心に残る一作は『宿命』更に
阪神淡路大震災モティーフ『幻夜』です。


スマホのネット訃報を読みながら「ウソ」と
呟いたのは仕事帰りの立ち呑み屋でした⋯⋯
新メニュー「夏野菜の揚げ浸し」に感動⋯⋯。


【喩ふれば夏野菜東野圭吾】

合掌


(以下はNHKニュース9を見てからの追記)

『真夏の方程式』も映画と共に想い出した⋯⋯
そう言えばの話で『白夜行』は大ベストセラー
で読んだが映画は見る気になれずなぜか上述の
作品群から外している⋯⋯映像の力と切り離し
て原作を語るのが難しい時代を作った作家でも
あり純然たるミステリーに純文学的タイトルを
冠することに長けた作家でもあり⋯⋯各書店の
追悼コーナーを明日以降巡ってみたい気がする。


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くださったかたと初めて話したのは
丁度五十年前の関西学院大学時計台
即ち図書館の外右側通路だった⋯⋯
彼は当時美学を専攻していて絵の描
ける人で其の後英語教員になり⋯⋯
四年後に現在の神戸市の私立勤務校
の一つ(当時は女子高校)で同僚と
なり(私は大学院在籍の非常勤講師)
⋯⋯さらに四年後に別れて大阪私立
男子中学高校に行った私と賀状往来
や友人本人の結婚披露宴など少ない
交流は続き⋯⋯四十ニ年ぶりに現在
は共学となった高校に非常勤講師と
して復帰の私と今又同僚なのである。

御影の南天荘画廊にも近々では六月
の太宰治展の朗読会にも顔見せして
くださった⋯⋯清流の住吉川を挟み
両岸ほど近い在所に住ま居していて
⋯⋯畔の東灘区図書館ロビーで私の
もう一つの勤務校での仕事帰り時刻
に待ち合わせて大玉の高知産メロン
を頂戴した⋯⋯戴きものは無論だが
出会いや別れや再会に際し奇跡的な
物語がありこころから感謝している。


7月28日は三十六歳で逝った娘の
三年めの祥月(しょうつき)命日
⋯⋯其の日に戴こうと思っている。


【命日のひかり戴きもの舐瓜】

メロン🍈舐瓜

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神楽そばは水もとても美味しいので
アツアツの濃め(辛め)そばに冷水
(「邪道水」と呼んでいる)をかけ
思い切り啜りつゆごと呑み干すこと
がある⋯⋯コップ水を二杯分おいて
まず一杯の半分は惜しげもなく注ぐ
⋯⋯ほどよいアツさに下がってゆく。

五日間連続で通ったお蔭でわかめや
そばの量が多かった⋯⋯気のせいか。


勤務校への坂の登り降りでバス代を
節約すれば朝の一杯至福のそば代に
なるのだ⋯⋯10回の乗降チャンスで
河童忌の朝1回の登りに留めたので
自食自賛と言って差し支えあるまい。


【バス代はそば代に化け暑中見舞い】


【そば代に化するとすればキツネそば
    食べ損ねたる底値あらなむ】


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季重なりともとれる上の句


たしかに
冷やし〇〇は三夏の季語
大根おろしは親季語大根が三冬の季語
河童忌7月24日は芥川龍之介の忌日で晩夏の季語

しかし
冷やしやおろしだけでは純然たる季語ではない

よって
宮澤賢治流の詩的俳句(後日ご説明)になるのだが
河童の縁語である「胡瓜」に代え「大根」援用。


この三段階の構文(三段論法ではない)は
「譲歩構文」と言われ小論文指導の基本と
なっている⋯⋯四連勤目でも奨励した技巧。


ところで芥川龍之介が睡眠薬過剰摂取で自死した
7月24日(昭和ニ年1927年)は当時文学論争をし
ていた作家谷崎潤一郎の誕生日でもあったことで
あてつけ死のようにも見えたらしく谷崎はすぐに
神戸岡本の自宅から上京した⋯⋯気象観測史上で
東京が最高に暑かった年と言われ⋯⋯ただ暑さが
嫌だったからの内田百閒説も合わせミステリアス。


【九十九年河童忌の尚暑暑し】



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