【 マスカレイド 】

仮面はしていないが、存在自体が仮面なんだ・・・と周さんはよく呟いていた。陳さんの懐刀(ふところがたな)の一人だったが、彼がこの街に転がり込んできて暫く経った頃に、同じノウハウを持って独立開業した。
その言葉は、もてなしているツアー客たちに向けられるようにも、周さん自身を物語るようにも、人生とはの回答であるようにも思えて、可笑(おか)しかった。

何を期待して目論んで、束の間の虚実に身を委ねるのか、立食の乾杯は繰り返されている。
通信機器タブーが暗黙のお約束だった。人は人の目を見ながら手ぶらで話すべきだ、携帯端末画面をつつきながらの間接話法に明け暮れてはならない。
それでなくても架空の世界を生きているのだから。

WHERE YOU FROM?

I’VE FORGOT......NNNMMM......

MAY I HELP YOU?

WELL,TOMORROW NEVER KNOWS. 

ケセラセラだね。
客たちと見分けがつかない自分を演じながら、隠し持った当夜の意図は顕(あら)わにされつつあった。
小さな爆発がこの後起こるのだ。
何人の連中がその爆風で吹き飛ばされるだろう。
スノッブでリアルな夢と希望もまた雲散霧消するのだろうか。

秒読みの・・・仮面舞踏会・・・。



《 クーカーニョ 》

案内人が頻(しき)りに使う言葉は、フランスの標準語ではない俗語のようだった。
桃源郷だよ、と彼は教えてくれた。
トーゲンキョー?
そう、桃花源、理想郷・・・。
トーカゲンは余計分からず、リソーキョーで漸(ようや)く何となく分かった。
でも、いつの間にか案内人も彼も姿を消し、彼女が代わりにそこにいた。

灯台、登ってみる?
何があるの?
展望台。
・・・じゃなくて、何が見えるの?
・・・天国・・・らしいわ。

灰褐色(はいかっしょく)の石でできた螺旋(らせん)階段をゆっくりゆっくり廻(まわ)ってゆく。
理想郷に行けるの?
近づけるかもね。
途中にきれいな正方形の小窓があった。
塞(ふさ)ぎ板は外れたまま。

覗(のぞ)かなかった。
まだ見たくはなかった。
上へ上へ。

・・・すべてこの言葉で済むのよ。
魔法みたいね。
そう・・・
s'il vous plait

シル ヴ プレ・・・どうも、どうぞ、お願い・・・。
s'il te plait シル トゥ プレって言うのよ、親しい人には。
お願い、やめて、もう登りたくない。