[後日談・さよなら]

世界有数の離着陸しにくい国際空港。機長に過度の緊張を強いるが、乗客にも気分の穏やかなものではない。そこを十年ぶりに出ることにした。眼下に遠ざかってゆくのは、狭い湾岸に臨みながら人口ダム湖のある山並みが迫りくる密集の商業都市。
周さんは驚くほどの餞別をくれた、当面はそれで食いつないでゆける。でも、こんなに儲かっていたのかよ、使い走りとは言え貢献してたんだな。
警察への密告は、以前から不満を持っていた上客の一人ということになっているらしい。不満というのは不思議なもので、ツアー自体は内外の一般セレブ対象なのだが、オプションは極秘を要するので、かなり限定的に招待客を絞り込んでいた。それがお気に召さなかったようだ。もっと開放しろってことだ、同伴の相手をころころと変えるため、やんわりご注申をしていたのが裏目に出たという。

でも、それも、ほんとうは違う。
オレだった「私」だ。

まあ、それもこれも、もうすべてに『再見』(チョイキーン)だ。
次はどこへ行く。
ニキはどこにいる。

海も空も青く青くつながっている。
彼女に。


[回想談・サヨナラ]

本島に戻ってくる頃には、気分はすっかりよくなっていた。スキヤキを御馳走するわというダイヴ・インストラクターの彼女に連れられて、街の広場から円心状に広がる繁華街の場末にある「le souvenir 」(ル・スーヴニール)というお店に行った。

「思い出」っていう意味よ。
日本のお酒が飲みたいわ。
もちろんたくさんあるわ。

プレートに盛り付けるスキヤキって初めて食べるわ。
そう、生卵を割って上からかけるの。
なんだか全然別の料理みたいね。

どう、「天国風」は。
すてき、とろけて昇天しそう。
ほめすぎよ、それに危ないわ。

眩暈(めまい)は?
もう大丈夫。
ふうん、でも心配したのよ。

明日には、この街を出よう。
車の免許更新も整備点検も全く無い、すぐに墜落してもおかしくないポンコツのセスナ機が飛び交うリゾート。
生きていることを大袈裟(おおげさ)に感じさせない時の流れこそが天国風。
今の彼にも、目の前の彼女にも「Au revoir」(オ・ルヴォワール)。
仁紀、あなたはどこにいるの?