漢詩・和歌☆に際立った才(ざえ)があり、漢文などの学問に頗(すこぶ)る秀でた忠臣ゆえ、右大臣にまで昇り詰めたとされる・・・、
菅原道真(すがわらのみちざね)・・・大宰府天満宮など各地の天神に祀(まつ)られる「学問の神様」・・・、
藤原時平の讒言(ざんげん:事実を曲げたり不実を作り上げたりして、その人のことを目上の人に悪く言うこと。)によって(一説ですよ・・・。)大宰府に左遷され失脚した、その怨み呪いと言われる・・・、
「一連の物語(事件)」を以下コンパクトに列挙します。

(予備知識:左大臣の方が右大臣よりも上位ですが、摂政関白や太政大臣を兼ねていない時、左大臣は有能な右大臣を疎む傾向にあったようです。) 

①延喜8年(908)
かつて面前で頬を打たれた遺恨を持ち、また左大臣藤原時平による右大臣・菅原道真左遷(901)を諌(いさ)めようと参内した宇多上皇を、醍醐天皇に取り次がず阻止したと言われる経歴の主・・・、
藤原菅根(ふじはらのすがね)⇒52歳で落雷に打たれて死亡。

②延喜9年(909)
道真を左遷にした張本人で、道真の怨霊が祈祷・調伏を止めるように迫り一気に病状悪化したと言われる・・・、
藤原時平⇒39歳で病死。

③延喜13年(913)
時平とともに道真左遷首謀者の一人とされ、道真の後任として右大臣になったが、12年後鷹の狩猟中に底なし沼に落ちて死体も上がらず・・・、
源光(みなもとのひかる)⇒67歳で事故死。

④延喜23年(923)
二歳で立太子(東宮となること)したが長くそのままで、母が時平の娘・藤原穏子だったためか、道真の怨霊の祟りと噂された急病によって・・・、
醍醐天皇の子・保明(やすあきら)親王⇒21歳で薨御(こうぎょ:皇太子=春宮=東宮のまま亡くなること)。

⑤延長3年(925)
父・保明親王の急逝によって代わりに2歳で祖父醍醐天皇の皇太孫となったが、祖母が穏子だったためか・・・、
慶頼王(よしよりおう / やすよりおう)⇒わずか5歳の時、病気で夭折(ようせつ:早死に)薨御。

⑥延長8年(930)6月26日
醍醐天皇のいる清涼殿で平安京旱魃(かんばつ)雨乞(あまごい)の協議を行っていた時、清涼殿の南西角の柱に落雷して・・・、
藤原清貫⇒道真の動向監視者とされる人物、63歳で衣服を焼かれ胸を裂かれて即死。
平希世(たいらのまれよ)⇒顔面に瀕死の火傷を負い、程なく死亡(年齢不明)。他にも官人に死傷者が出る。

⑦清涼殿落雷事件のショックにより病気がちとなり・・・、
醍醐天皇⇒同年9月29日に45歳で崩御(ほうぎょ:天皇が亡くなること)。

⑧承平6年(936)
時平の長男であったため道真の怨霊に怯(おび)え、祟(たた)りを一生恐れたという説もあり、大臣(摂関)目前で・・・、
藤原保忠⇒47歳で病死。

⑨天慶6年(943)
時平の三男で管弦に長じた三十六歌仙の一人、愛する北の方に自分は短命と予言して・・・、
藤原敦忠*⇒38歳で病死。

 *小倉百人一首・43番
逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり[権中納言敦忠]

こうして・・・少なくとも九件ぐらいの「ある意味強引」な関連付けによって・・・、
約40年に及ぶ主に藤原北家(ほっけ) 衰退の歴史を辿(たど)る時・・・、
「歴史の勝者」「歴史の敗者」とは、いったい何であったのだろうかとの思いを禁じ得ないですね。
(しかし、40年あれば・・・普通にいろんな事故・災厄はありますから・・・それを全部祟りとは・・・。)

まあ、本来この手の奇譚(きたん:奇妙な話)は陰陽師(おんみょうじ)・安倍晴明(あべのせいめい)を合わせて扱うべきようにも思えますが・・・、
安倍晴明は延喜21年(921)~寛弘2年(1005)で84歳を生き抜きましたから、時代は少しズレています。 


それにしても、なぜ急に菅原道真?と言うと・・・、

「雷」ですね、連日の全国荒天で、近畿にも大雨・洪水警報以外に雷・竜巻注意報が出ています。

「学問の神様」は「雷神」**でもあるのです。 


☆菅原道真(菅公)の和歌・・・いずれも、ほんとうに綺麗な言葉と色遣いです。
此の度は  幣(ぬさ)も取り敢へず  手向山(たむけやま)  紅葉の錦  神の随(まにま)に
(百人一首・24番 菅家:かんけ。)
海ならず  湛(たた)へる水の  底までも  清き心を  月ぞ照らさむ
(大宰府へ左遷の途上備前国児島郡八浜で詠まれた歌で硯井天満宮が創建された。)
東風(こち)吹かば  にほひおこせよ  梅の花  主なしとて  春を忘るな
(この一首によって梅は後に都から大宰府に飛んで降りたという、飛び梅伝説の元となった歌。初出の『拾遺和歌集』表記、後世に「春な忘れそ」とも。)


**雷神について
道真の領地であった桑原(大阪和泉説、京都府下説など有り)には落雷が極端に少ないことから、雷よけのまじないとして「クワバラ クワバラ」とつぶやくのが一般化・・・つぶやく人が少なくなったとは言え、現在も通じます。