「世には二種類の人間がある。一方の種族の者は、いつもムダな死金を使ひ、時間を浪費し、無益に精力を消耗して、人生を虚妄の悔恨に終わってしまふ。彼等は『人生の浪費者』である。反対に他の者は、物質上にも精神上にも、巧みにそれの最高能率を利用して、人生を最も有意義に処世する。彼等は『人生の所得者』である。」

この文章は朔太郎が室生犀星を論じたものである(「所得人 室生犀星」、『廊下と書房』所収)。彼は同じく文士でありながらこの人物の中に自分に最も欠けている『処世の達人』を見出しているのだ。朔太郎はそのことの故に犀星に終生変わらぬ友情を捧げたのであった。 


・・・朔太郎の従兄の長男にあたる萩原隆氏が、著書『朔太郎の背中』で述べられています。

引用文も地の文も「達意」の文章ですね。

以前紹介した(当ブログ:今月10月13日)ことがありますが・・・、
高見順は、犀星の「朝湯」について「贅沢沙汰」と羨ましがっていました。

ひとつの出来事について、いろんな視点・観点がありながらも人はそれを主観的に(あるいは客観的であろうとして)集約し、人についても「歴史」を語り記し作ろうとします。
宇野邦一さんは『反歴史論』の中で「求心力」と表現しています。
・・・「歴史」の中で、自己存在は「強迫」と「自由」の矛盾の中にあり、自己像もまたその「歴史」解釈のひとつに他ならない・・・このような主旨と読解しました。
(現在、北大2005【二】評論を終えて、東大2008【一】評論と京大2008【二】評論的小説(中島敦)の並立読解・考察に入りました。)

朔太郎然り、犀星然り・・・そして私たち然り、ですね。


冒頭の本に戻りますが、
NPはそれを隆氏の近縁のかたから、御愛孫を通して直接いただきました。
和紙の能筆お手紙とともに。

お手紙の末尾です、余りにも嬉しゅうございましたので、無礼ながら掲載させていただきます。

「・・・お時間のおありの時にお読み下さいませ。これからも生徒達の為にもお元気でご活躍下さいませ。かしこ」

読ませていただきました。たいそう有り難く学ばせていただきました、心より感謝御礼申し上げます。

萩原朔太郎に関する当ブログ記事は、本日分を含めて4編あります。
それら印刷プリントとともに、お返事を差し上げたく存じております。