朝食は、
チョコチップピカンクッキー(ピカンナッツ入り)

いつもの紅茶(濃い目で目覚め)。
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少しずつ甘いものを摂ろうと思うのですが、
何でしょうか、
この罪悪感(大袈裟) に似た抑止力は・・・。

まして、
ハロウィン仕様の、
ミスド・スヌーピー・ドーナツは・・・。

観賞撮影用と割り切っています。

HAPPY  HALLOWEEN ♪♪♪
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今朝(五時半~)は、
森茉莉*のエッセイ『父の帽子』(講談社文芸文庫)を読んでいます。


千駄木町の冬の情景描写から入っています、
この季節に読むに相応しいですね。

「パッパ」と父を呼ぶ「おまり」さんの様子、
陸軍省の軍人としての毅然たる鷗外像、
母の指のダイヤモンド、
「観潮楼花会」で大勢の文人が集まる賑やかさなどが描かれ、
上田敏、木下杢太郎(もくたろう)、佐々木信綱なども普通に出てきます。

さだまさしさんの曲の歌詞にある「白鬚しらひげ神社」(現・墨田区東向島)、
有名な上野精養軒や不忍池(しのばずのいけ)なども描写されて、
・・・冬も、「長い、長い、幸福の日々だった」と、
帰るだろう父を待ち、母を恋して暮らしたことが記されています。


十五歳の時には、
父と別れて別の家に住むようになり、
次の年には疑いと悲しみを胸の中に入れたままで、
夫のいる欧羅巴(ヨーロッパ:巴里パリ)に向かったと・・・。

父の死を予感して、
父に捨てられたように感じていますね。

実際には、
父が亡くなるのは三年後(1922年・大正11年)です。

「(その)十八・十九の時には独逸(ドイツ)で有名な歌い手のタンホイゼルやロウエングリインを聴いたが・・・、一晩では終わりにならず、三晩通って感動しなくてはならなかった。」
ゆえに、「音楽会の音よりも、暴風雨(あらし)の庭の音の方が私には楽しかった。」と。

「あらし」は、父との思い出の強さ・激しさの中にあったのかも知れませんね。
《音と生活》の中の一節です。

楽しい音、心に浸みる音が「音楽」だ。それが人生の楽しさだ。


巻末の解説「人と作品 天上の愛」で小島千加子さん(編集者・文芸評論家で詩人)が書いていらっしゃいます。
"茉莉は、鷗外四十一歳、母志け十四歳の時の子である。鷗外は二十七歳で一度結婚し、長男於兎(おと)を得たがすぐに離婚して以後十一年間余独身で通した。大審院判事荒木博臣の長女志けと結婚する気になったのは、たぐい稀な美貌故とされている。鷗外自ら「美術品の如き」と言い、鷗外の母も、あまりに整った美貌に驚いたという。”

日露戦争で外征した父が凱旋(がいせん)して、どれほど幼い娘を溺愛したかは想像に難くありませんが、五歳で「きれい」と言われた稚(おさな)い貴婦人であったそうです。
但し、上記にあるように、敬愛してやまない父と十五・十六歳で別れ、十九歳の時には最期を見送らねばならなかった、その愛しさ・哀しさが、とてもよく伝わってくる一冊でした。

以前お伝えしたように、
中三生で「鷗外のフィアンセ」を自任する女子生徒さんがいるのですが、
早速「父の帽子いいよねえ」と聞いてみましょう。


ブログを打ちながら読書する・・・、
という技を会得しました。
業(わざ・ごう・なりわい)かもね、
逆に打たないと速読できないのかも。


ちょうど出勤準備時刻が近づいてきました。

ハロウィンがHELLO WINでありますように。


標題は・・・《HELLO WIN (^^♪ の朝に無理矢理》だったでしょうか?



*森 茉莉(もり まり)・・・
1903年1月7日~1987年6月6日は、日本の小説家、エッセイスト。翻訳も行っている。
東京市本郷区駒込千駄木町出身。文豪森鷗外と、その2人目の妻志げの長女である。幻想的で優雅な世界を表現することに優れており、主な著作には『父の帽子』『恋人たちの森』『甘い蜜の部屋』などがある。また、独特の感性と耽美的な文体を持つエッセイストとして、晩年まで活躍した。 
(Wikipediaより)