男子校勤務時代の20数年前の教え子さんです。
何気なく「太田先生」と声を掛けていたら、
帰りの会食の時に、
「先生と呼ぶのはやめてください、僕の先生は先生なので、僕は先生の先生ではありません。」
・・・と有り難くも言われてしまいました。

だから、
以下は敢えて「太田くん」と記すことにします。

・・・・・・

太田くんは午後二時ちょうどに、
約束通りエントランス階段下で出迎えてくれました。
NPと若い知人男性ひとりを「来客」扱いで丁重に約3時間、
たっぷりと(しかし展示は広大重厚なので)迅速に案内してくれました。

その彼の勤務先「みんぱく」(国立民族学博物館)で前回お会いしたのは三年半前で、
現在の高三生が中学三年生時に春の校外学習で一日、
万博自然文化園を満喫した際です(当ブログに記事あり)。

その際も希望者約四十名を前に講義室で、
短時間ですがとても興味深い話をしてくれました。

今回は、
上記知人男性に彼を紹介して、
二人であれこれ「世界」を見聞体感させてもらうという趣意でした。

唐突の勝手なお願いに充分この上無く応じてくれました。
(彼がこの度の依頼への直前確認メールをくれたのは海外出張先のストックホルムからでした、常々時差に配慮してとのこと感謝。なお一時帰朝滞在を経て、このあとすぐにニューヨークに発つそうです、お気をつけて。)


オセアニアから始まり、
アメリカ~アフリカ~ヨーロッパ~西アジア~、
音楽・言語を挟んで、
南アジア~東南アジア~中央・北アジア~中国地域・東アジアに、
最後はアイヌ文化~日本文化という順路だったかと思います。

悠久雄大無辺過ぎて、
どうにもこうにも余りにも目と心と乏しい頭とをひきつけるものが多くて、
一つひとつ如才なく記すことが叶いません(パニック)。

後方に涙をのんで絞り込んだ幾カットかを載せます。
武器で作られたオブジェや世界中の『星の王子様』『はらぺこあおむし』とても印象的でした。
太田青年の~運命の出逢い一冊の本~『極北のインディアン』(原ひろ子著:中公文庫)も彼のオフィスの机横に、
太田准教授自らもハングル(英語・韓国語のトリリンガル)でのコーナー説明ビデオ画面等に、
写り込んでいます。
個人研究室で見せてもらったロシアのレーニン⇒⇒⇒プーチンのマトリョーシカも心にヒット。


有り難うございました。
なんて素敵かつ贅沢な前後あわせて約四時間、
NPと太田くんは帰りに北新地「島唄ライブ琉球」へ寄って、
沖縄料理を堪能しました、
これも民族学探求の一環かな・・・。


世界を知ることで日本が分かる。


・・・そんな気持ちにさせていただいた優雅最上の半日でした。


「いつも鞄に本は入っていますか?」
これはNPが学生時代の彼にあてた手紙の一文で、
今も大事にしてくれているそうです。
ありがとう。


*太田心平(おおたしんぺい:個人ホームページ http://www.eonet.ne.jp/~shimpei/)・・・
日本の社会文化人類学者、社会文化史家、北東アジア研究者。人間文化研究機構国立民族学博物館超域フィールド科学研究部准教授、総合研究大学院大学文化科学研究科准教授、アメリカ自然史博物館人類学部門上級研究員。1975年大阪市生まれ。ソウル大学大学院人類学科で博士課程単位取得後、大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程を修了。博士(人間科学)。日本学術振興会特別研究員、大阪大学大学院人間科学研究科特任助手などを歴任。国立民族学博物館助教を経て、現職。
[Wikipediaより編集]



[ビフォー:日本庭園で鯉を見て「魚」の「道家」的な気持ちを考えてみたいという前日来の願いに知人を付き合わせて…。]
[アフター:「島唄」や「涙そうそう」など聴きながら積もる話は次回さらに男子校の教え子つながり会食をと発展して…。]

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