昨日6月19日は太宰治の「桜桃忌」だったので…
何か相応しい一作をと青空文庫で読み始めた夜更。

あ、こんなに長編だったのか…しかも引用古文多々
なので学生時代 読んだつもりで全く軽佻浮薄読み
であったことを今更思い知っています…村上春樹氏
『1Q84』が丁度 Book2に入ったところですから
同じです…『平家物語』からの「援用」ニュアンス
の如く 太宰『右大臣実朝』は『吾妻鏡』『増鏡』
を活かした進行です…NP余りの展開の妙に驚き…
驚いたと言えば…六十歳近くの鴨長明が小太りの
世捨て僧で歌人として登場します…わざわざ京の
隠遁地から鎌倉まで足を伸ばして…やがて実朝の
死後三・四年で『方丈記』を書く設定…どきん!
この方丈記も下記「懸案事」の一つ(期末考査範囲💦)


You Tubeに朗読が上がっていますが…87分強です
これも「朗読」は『1Q84』の「ふかえり」想起。


実朝の使用人が実朝死後20年を経て物語り(朗読)
しています…「相州」(北条義時)が実は主謀(黒幕)
???などと邪推しながら読むと面白くて歴史楽習
にもなり…実朝は1219年二十八歳(満26歳)で僧衣 
公暁(甥っ子:父頼朝の長子頼家の長子)に鎌倉鶴岡
八幡宮石段で斬殺されました…右大臣だった実朝は
次男 12歳時征夷大将軍となる一方 『金槐和歌集』
を編む才人でもあったのですが…北条家に疎まれ?


正岡子規は『歌よみに与ふる書』で実朝を
「万葉以来實朝以来一向に振るひ申さず候ふ」
「力量あり見識あり威勢あり、時流に染まず
世間に媚びざる処」
「あの人をして今十年も活かして置いたなら
どんなに名歌を沢山残したか」
と絶賛です。(+o+)


で、史実や人物の確認も始めてしまったので
…はいスクロールは未明に至り…他の懸案事
もあって一旦休止まだまだ続きは明日以降に
…枕元も気持ちも暗い?いえいえまだまだ…
(´・ω・`)


「平家ハ、アカルイ。……アカルサハ、ホロビノ姿
デアラウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。」

(『右大臣実朝』S18年9月:太宰治)


(´・ω・`) 明るいようで暗いのでまだまだ大丈夫
…緊急事態宣言解除のちの「まん防」も又…大阪
・兵庫はそんな雰囲気なのかも知れません…飲食
の良心的なお店へのエールになればと願いますが
… 『実朝』スクロール読書共々 詰め込み過ぎで
句作にも「詰め込み過ぎ」は「御法度(ごはっと)
m(__)m という訳で当初の二句を一首にして…。



【実朝を偲んでふける桜桃忌
   詰め込んで夏至何の解除か】



(+o+)・・・
仰の如く近来和歌は一向に振ひ不申候。正直に申し候へば万葉以来實朝以来一向に振ひ不申候。實朝といふ人は三十にも足らで、いざこれからといふ処にてあへなき最期を遂げられ誠に残念致し候。あの人をして今十年も活かして置いたならどんなに名歌を沢山残したかも知れ不申候。とにかくに第一流の歌人と存候。強ち人丸・赤人の余唾を舐るでもなく、固より貫之・定家の糟粕をしやぶるでもなく、自己の本領屹然として山岳と高きを争ひ日月と光を競ふ処、実に畏るべく尊むべく、覚えず膝を屈するの思ひ有之候。古来凡庸の人と評し来りしは必ず誤なるべく、北条氏を憚りて韜晦せし人か、さらずば大器晩成の人なりしかと覚え候。人の上に立つ人にて文学技芸に達したらん者は、人間としては下等の地にをるが通例なれども、實朝は全く例外の人に相違無之候。何故と申すに實朝の歌はただ器用といふのではなく、力量あり見識あり威勢あり、時流に染まず世間に媚びざる処、例の物数奇連中や死に歌よみの公卿たちととても同日には論じがたく、人間として立派な見識のある人間ならでは、實朝の歌の如き力ある歌は詠みいでられまじく候。真淵は力を極めて實朝をほめた人なれども、真淵のほめ方はまだ足らぬやうに存候。真淵は實朝の歌の妙味の半面を知りて、他の半面を知らざりし故に可有之候。
(Wikipedia…正岡子規『歌よみに与ふる書』より)