「おくのほそ道」の旅
北陸路で松尾芭蕉は⋯

小松(現在の小松市)の建聖寺に
《しほらしき名や小松吹く萩すすき》

大聖寺(同 加賀市)の全昌寺に
《庭掃きて出でばや寺に散る柳》

⋯の句をそれぞれ残しています。


今回の大学同期会(於 テルメ金沢)での
往き帰りに芭蕉とは順逆で大聖寺駅から
全昌寺を小松駅から建聖寺を訪ねました
⋯往きは秋日和で穏やかでしたが帰りは
本降りの雨になりました⋯大聖寺の駅は
共に第三セクターのハピラインふくいと
IRいしかわ鉄道の相互乗入ターミナル。


【芭蕉見し萩薄無く柳無く】


芭蕉の句作順で建聖寺と全昌寺での状況
の大きな違いは「曽良の在・不在」で⋯
小松を出て共に那谷寺(なたでら)経て
山中温泉で二人は曽良の゙腹病という理由
で(曽良は伯父の伊勢の国長島へと先行)
別れて結びの地大垣まで二度と会うこと
はなく⋯つまり全昌寺は一人旅の芭蕉の
初句になるのです⋯一人寂しく庭を掃き
清めて(当時の禅寺宿泊慣行)出たい⋯
しかし追い縋り短冊を求める若き僧達に
囲まれ芭蕉はどうやら妙に越前へと急ぎ
礼を失しているようなのです⋯句は建前
で何やら謎がまた残されたような出立⋯。


はぎやすすきややなぎは御寺のかたに
お尋ねすればあったのかも知れません
が⋯いづれも影なくまさに幻か霊か⋯。


【萩薄柳芭蕉の霊の傍(そば)】


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