ぼうきょ・・・通念では許されない、ひどい実力行使(三省堂「新明解・国語辞典」)
この辞書は、注目され始めた頃(初版は1972年)から、その斬新(ざんしん)な言葉解釈がとても気に入っています。「ペーソス」の説明には、泣きましたね(大袈裟・おおげさ)。・・・後ろ向きの生き方で はでなところは ちっとも無いけれども、それが かえって人間らしい しみじみとした情味を感じさせること。哀愁。・・・と、今でもあります。凄いですね、こんな説明の前には平伏(ひれふ)すしかありません。金田一京助先生の偉業のひとつで、主幹は山田忠雄先生ですね。キャッチコピー通りの「深い思索」が感じられます。
しさく・・・現象の持つ根本的意味や、現象と現象の関連などを、純粋に理論的に突きつめて考えること(同上)

さて、タイトル通りに実行してみます、初めての試みです。

「シンイ」に関連して、よく「シンカ」という言葉で説明します。
例の「素材(モチーフ・キーワード)」⇒「具体(例)」⇒「抽象」⇒「象徴(例)」⇒「主題」という一連の典型(パターン)を説明する際に、です。文章全体の中盤(本論)の後半部分に、具体を踏まえた抽象化(意味付け)が来ますよね。・・・それで終わってしまうと、評論としては底が浅いものになるので・・・さらに、例証して補足・強化するわけですね、書き手は。そこに用いられるのが「象徴例」なんですよ。そして、それは、「主題」につなぐための、シンカ!!だと。「深化・進化・新化」であり、それこそが、その文章全体の「真価」なのだと。

具体例と象徴例の違いは、意味が判明する「ビフォー・アフター」です。また、同じ「(重要)素材」でも、「モチーフ」>「キーワード」と考えます。前者の方が、最後(主題)まで持っておく必要性が高いカギ、後者は何かの扉・金庫(具体)が開けばもう不要になってくるカギ。だから、「キーワード」を「重要語」と考えるのは、NPは「重要な誤り」だと思っています。そこに、筆者の「真意」はありません、まして終盤に「キーワード」なんてないですよね、終わり近くなってカギを見つけて開け始めても、「考察」が間に合いませんよ。それこそ、「ストレス」です。

「ストレスはピリリな心のスパイス」は、素敵な表現ですね、「効かせすぎると時が解決してくれるのを待つしかない」も。さっそく使わせていただきます。ありがとうございます。