NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

カテゴリ: 二次試験

神戸に越して丁度一年、
この日早咲きの啓翁桜、
満開画像を撮りました。

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ネット記事をサーフィン、
素敵なメッセージがあり、
援用させていただきます。


「啓翁桜は、春を告げるお花と言われています。 花言葉は、純潔、淡白、精神美。頑張っている受験生に、サクラサク願いを込めてのプレゼントにも最適なお花です。 啓翁桜で、一足早く、春を感じてみませんか?」
【「お花屋さんの手帳」より編集】


そうですね、
いよいよ国公立大学二次試験本番の日を迎えます(25~26日)。


受験生の皆さんへ。

今までやってきたこと、
関わってきた全ての人、
信じて信じて何よりも、
誰よりも勿論君自身も。


頑張れーガンバレーがんばれー。
(^o^)丿(^o^)丿(^o^)丿




桜咲け
一足早く
桜咲け
あれだけやったんだ
君は負けない
(宏)



一通り、国公立大学の2015年度入試国語問題を概観し終えました。
(日本経済新聞社NIKKEI が詳しく載せています、有り難い。)
40分間ぐらいですね。

カナダでの時差ボケ予防対策として・・・、 
昨夜は21時に寝て、
未明3時に起きましたから、
いい時間の過ごし方が出来ました。
(羽田からトロントへのエアカナダ機内で熟睡できるでしょう。)


京大、残念です、また小説問題が消えてしまいました。
この弱腰は何とかならないものでしょうか。
この程度の評論と随想(理系は評論)と、ちっぽけな古文の全三題で、
本当に今後の京大受験生が、国語を一所懸命に学習して入学しようとするのでしょうか。 
(中三生に希望者自由提出で解いてもらっています、カナダ語学研修中の合間に解けます。)

なぜ、このような問題を作るのでしょうか。
受験生は、また数学に全力を傾けることでしょう。

京大・大学院、文学研究科、大丈夫なんですか。
ひたすら目指している受験生のためにも、
もっといい問題を作って下さい。
いい学生が遠くへ行ってしまいますよ。

ああ、でも東大も似たり寄ったりですね。
たとえば漢字書き取り、凄まじいですよ。
獲得・高潔・依然の三つですからね・・・。
受験生の漢字力はかくも低く見切られているのでしょうか。


そんな中で、小説問題に定評のある東北大学。
開高健「揺れた」でした。
「立派な装釘(そうてい)」を持ちながら、「第一頁から第三百頁まで、全部、空白になっている小説」の話です。
開高氏の小説は昨年来あらためて注目していますが、これはいい出題です、ゆっくり考えてみます。
(頓挫している参考書作りでお世話になっている、編集者の開高フリーク・Tさんに早速お伝えします。)
ホルヘ・ルイス・ボルヘス『砂の本』の有名な短編を想起させます。
NPはこのボルヘスの短編を、港千尋さんの評論集『第三の眼-デジタル時代の想像力-』で知り、評論自体の「砂の本」一節を含めて昨年度の中学入試にも出題しました。


介護・看護に関する評論も複数の大学で出ていますね、
もちろんデジタル・情報絡みの評論も相変わらず多い、
時代の反映顕著です。

大森荘蔵(東京帝大・物理学科と東大哲学科、両方卒業の哲学者)を初めとして、
「時間」の捉え方についても散見できます、今後も要注意の要素・概念ですね。


入試問題で時代を知る、
入試問題で時代を解く。

素材は、具体は、抽象は、象徴は、主題は・・・、
一年中、言い続けていたような気がします。
それも、もうすぐ年度末、
一旦終わります。


さて、出発までに、あと一回更新できるか。






 

予備校で教えていた時から決めています。
授業で「小説」を取り扱うのです。

その前に「小雪」(しょうせつ)とは二十四節気のひとつで、
「冬も進み、北国より雪の便りが聞かれる日」(歳時記カレンダー)です。
今年は11月22日の今日・土曜日。

外の世界を蔽う冬の凛(りん)とした寒気、
密室とも言える教室の中で上質の小説問題を解くのは、
アームチェア・ディテクティブ*に似て愉悦(ゆえつ:心からの喜び楽しみ)です。

今週初めから種蒔きをしています。
連城三紀彦(れんじょうみきひこ)さんの「白い言葉」と、
開高健の「裸の王様」とを、セット問題で解いたのです。
どちらも記述が面白い国公立大二次試験型で考察します。


前者は推理小説・恋愛小説で知られる直木賞作家(『恋文』)のもので・・・、
連城(恋情)物には、一時NPも嵌(は)まっていました。
「母娘」の対峙シーンです。
若かりし日の母に「無言の白い手紙」を出し続けた犯人は「お父さんよ」と指摘する娘。
「まさか」と笑おうとする母は、頼りないけれど少年のような目をした担任教師に「白紙の答案」を出している娘の、
「ひどくまっすぐ、宙の一点を見つめた」「視点」に・・・、
「あなた、・・・先生のことが好きなの」と、「恋心」を読みとってしまうという一節。

演習問題では、
相手に気にかけてほしくて出し続ける「白い手紙」の意味を、
「白紙の答案」の意味に重ね合わせることが難しくて、
こうした素材には敏感なはずの女子生徒もかなり苦戦をしていました。
意外にも男子の鋭い感受性を再認識しました。

そしてさらに、本来無かった「NP付加設問」で、
「なぜ母は娘の思いに気づいたのか」という「もうひとつの理由=真相」を訊(き)いてみました。

・・・少し後に、NP見解を述べた時に・・・、
各教室内に、「衝撃」と「どよめき」が走りました。
たぶん、当たっています。
極めて少ないのですが正解者もいました。

分かりますか?
解答(20字以内)は、最下方に置いておきます。



さて、後者は当ブログで紹介し続けていますね。
・・・遂に、学年の「11月課題図書」のひとつに格上げされた、
芥川賞受賞作品の一節からの演習問題。

「太郎とママ」の間に立つ「ぼく」(画塾の先生)が、太郎を沼遊びに連れていった時のシーンです。
ママの庇護(ひご)を離れて一人立ちしてゆきたい少年・太郎の心情が、
きめ細かな自然描写に見事に投影されています、凄いとしか言いようのない表現力です。
その中の「カニ」「爪」「泥」「ハヤ」「ハゼ」「森」「林」「藻(も)」「風」「光」「影」、
・・・そして、森(水底)の奥へ逃げて行ってしまう「コイ」などに盛り込まれた「暗喩性」を、
指摘説明すると、こちらには・・・、
生徒たちの、表には出てこない深い反応が感じられました。
(「暗喩」と同じですね。)

分かりますか?
逃げて行ってしまう「コイ」の「暗喩性」。
(30字以内)
こちらも最下方にNP回答を・・・。


あんなこと、こんなことまでやれるのが・・・、
「小説問題」の醍醐味ですね。

さて、今日はどんな小説を解こうかな。   
まだ、問題文を決めていないのです。

小雪(こゆき)がちらほら舞ってくれると、
とてもとても相応しいのですが・・・。



*アームチェア・ディテクティブ(安楽椅子探偵)
・・・探偵が事件現場に赴くことなく、情報として与えられた手がかりのみで事件を解決する作品。






解答:母自身が娘の担任教師のことを好きだから。

回答:姿を見せ始めるが まだ手に入りそうで入らない少年の 夢と希望。 

まず、出題文章と設問の復唱から。
(9月7日付け当ブログ参照)

【問題】
次の文章を読み、後の設問に答えよ。

 藤の花は近う見れば美しけれど、あまりに近づくれば薫りはまたよからず。はなやかに咲くかと見れば、末までは開きえず。ことにおのれひとり盛りを見すること難く、かならず異木によりて丈高きいきほひ見するが、そのよりそふ木の枝も花も見えぬばかりにおほひぬれば、その木もつひに枯れぬるにぞ、われひとりの心ばへ見えて木高く咲きみつると思へば、嵐などにあふ時、もとより枯れし木なれば打ち倒れてけり。高く見えし花もつひに草むらにうづもれて、また見る人なし。
(「花月草紙」松平定信)


設問 原文では右の文章の末尾に、「代代のせうじんの情態にもたとへつべし」というしめくくりの一文が続いているが、 
(1)「せうじん」に対しては、いかなる漢字が当てられるべきか。その漢字を書け。
(2)の文章の筆者は「代代のせうじん」のどのような情態を思いえがいているか。
  一〇〇字以内で説明せよ。


・・・以上です(一週前に掲載の「京大二次国語入試問題」)。


【問題文章の現代語⇒(中。)直訳】
藤の花は近くで見ると美しいが、近づき過ぎると香りはさほどよくはない。華麗に咲くのかと見ると、先の方までは花びらが開き切れない。特に単独で満開の美しさを見せることは出来なくて、必ず他の木に寄りかかるように高いところから咲き誇るけれど、その際寄りかかる木の枝や花も見えない程に上から覆いかぶさってしまうので、相手の木自体もとうとう枯れてしまうというところに、自分だけという気持ちが表れている上に、覆い隠した木の高さまで咲き誇るように思うと、嵐などが来た時、前から枯れていた木に寄りかかっているので一緒に倒れてしまう(のだなあ)。高々と見えていた花も最後には草むらに埋もれて、再び見る人はいない。

これらのことは、各時代の小人物(的な政治家)の実情として喩(たと)えることが出来るにちがいない。


【(中。)解答】
(1)
小人
(2)
小人物でありながら主君に寄りかかるように権勢を極めて偉そうに振舞っていても、見せかけだけで本当の実力が無いので、愚かな主君が逆境で亡びるのに合わせて頼り切っていた自分も共倒れになってしまうということ。


【(中。)解説】
綺麗で無残な比喩ですね。

こんな短い文章だからこそ、次の流れが明白に読みとれます。

素材(=キーワード ≠ モチーフ:なぜなら主題にその語句は不要)
・・・藤の花

具体(=サンプル)
・・・その咲き方と見え方

抽象(=アブストラクション)
・・・権勢の栄枯盛衰

象徴(=シンボリック・サンプル)
・・・嵐の中で共倒れ

主題(=テーマ)
・・・小人物の末路


序論(素材)における「縦の(緩やかな)対比
⇒美しさへの「!」←→「?」

本論前半(具体)における「横の(強い)対比
⇒覆いかぶさることの「表⇔裏」

本論後半(抽象)における「意味付け
⇒上述通り

結論(象徴)における「比喩
⇒嵐=逆風=政治的逆境

全体の修辞法(レトリック)
⇒比喩は「暗喩(隠喩=メタファ)」、
特に「寓話(≒たとえ話)」「物語」的な流れがあるので「寓喩(=アレゴリー)」と言えます。

古文ですから、念の為「頻出文法」を押さえておきます。
①多出する「已然形+ば」の用法=順接確定条件
・・・文章序盤は「~すると・・・」の偶然的条件ですが、中盤・後半になると「~なので・・・」の原因理由。
(明らかに意図的ですね、考えさせておいて因果を説く。)
②「連用形+て・けり」=完了強意の助動詞「つ」連用形+過去詠嘆の助動詞「けり」
・・・直訳「~てしまった」以外に、和歌や雅文(まさにこのような文章)の中では「~なのだなあ」に要注意。
(感ずるところ、口に出して言いたいことがたくさんあったのでしょうね、寛政の政治改革の陰で。)
③「連用形+つ・べし」=確述(強意)推量=完了強意助動詞「つ」終止形+推量・当然助動詞「べし」
・・・最重要項目の一つで口語訳も多彩、「~にちがいない」「きっと~してしまうだろう」「たしかに~しそうだ」等。
(せめて随想的な文章で、強く主張しておきたかった気持ちの反映です。)


どうでしょうか!?

「文法」は兎も角として・・・こんなスッキリとした説明解説が、
「既成語句」「先入主」に寄りかかっていては・・・、
出来ないですね、到底。


比喩も、せいぜい4種までという既成ならぬ規制。
対比は、どうなのでしょうか。

比喩も対比もそれぞれ10種類 「あります」。

「比喩の詳しい分類説明が聞けないのは残念です。」
・・・と、提出物への書き込みで言ってくれた男子生徒がいます。
中3です、大学受験生には「わかりにくくて不要」なのにね。
中1でも、「対比6種類」を説明済みなのですが。

「対比と比喩」で「すべて読み解く(わかる)」ためには・・・、
何が必要なのかを、この夏以来ずっと自問自答しています。
「抽象」の意味 と合わせてです。

それにしても・・・、
「わかりやすい」の真の意味 とは、
いったい何なのでしょうか。

「単にわかりやすい」ものは・・・、
「またよからず」と思えてなりません。
御意見をお待ちしています。

しかし、この問題文章、「藤の花」には「あぢきなく」も「なめき」(おもしろくない失礼な)内容ですね。
当世では、五月の藤棚に麗しく掛かっています。


 
 

鷗外の『高瀬舟』が、近世・寛政時代の物語設定ということから・・・、

寛政の改革(松平定信)を調べてみました。
(参考:伊藤賀一「世界一おもしろい日本史の授業」、石黒拡親「2時間でおさらいできる日本史」だいわ文庫・他)

やはり「対比」で捉えます。

田沼意次:たぬまおきつぐ
(徳川10代将軍・家治23歳時からの治世時代に側用人:そばようにん から「老中」に、経済通で株仲間を公認)
重商主義的な改革(在任は長いが実質的には1779年~1786年)で、徹底した現実主義
結果=賄賂(わいろ)・縁故の横行



松平定信:まつだいらさだのぶ
(同11代将軍・家斉:いえなり14歳時からの初期治世時代に白河藩から「老中首座」に、マジメで小うるさい)
重農主義的な「寛政の改革1787年~1793年」で、粛正と倹約の理想主義
結果=幕政緊張と反発

後者を揶揄(やゆ:からかう)する狂歌が知られていて、大変よく出来ています。

“ 白河の清き流れに住みかねて  もとの濁りの田沼恋しき ”

これが、本日の標題の入りです。


ところで・・・、

1987年共通一次試験(1990年からはセンター試験)国語の本試験・第三問古文に、
松平定信の随想「花月草子」が出題されています。

少し長いのですが、全文引用してみます。
細部に拘らずに流し読みしてみましょう、字面(じづら)を追うだけで何とかなります。

  今日はいとのどかなり。いでや隅田河原の花見んと、小舟に乗りて行きたるが、花見んと立ち出づるもろ人のさま、げに都のみやびをつくせり。さまざまの心々にうち群れて行くに、女房なども何か口たたきつつ、心そらにありくもあり。馬馳せて花をも目にかけず、いとばうぞくに行くもあり。やんごとなき人にや、人々うちかこみて、つつましげに行く女もあり。あるは木陰にて、はやひさごかたぶけ、何やらん矢立出だし書いつけ、紙縒して花の枝につけて、われは顔なるふぜいなるもあり。今日はげに晴れに晴れて一矢に雲なく、富士も筑波も手にとるばかりに見えたれど、またそれをうちながむる人もなし。ましてかく晴れたる日は、とみに雨風のあるなどいふことは、つゆ思ふものもあらじかし。こののどかなる御代の春の御恵みにぞ、かく心ゆたかにたのしび遊びて、帰さ忘るるばかりしても、何のわづらひ憂ひもなきに、この花も昔よりつきぬ御恵み深き露に生ひ添ひしとやらんも聞けば、さ思ふ人もありやなしやと見れど、王世の民の心とや、かかる照る日の恵みをば思ひもよらず。いつもかく空晴るるものとばかりも思はぬ輩多からんなど思ひかへして、四方をふとうち見れば、筑波嶺のあたり、いと細くひらめきたる雲こそありけれ。この雲よ、世にいふ疾風などいふものなりけり。あまりに朝よりめづらしく晴れたる日なればとて、かねて蓑も笠もはなたでゐしが、はや櫓押し立ててこぎ帰るを、「いかに。この花を見すてて帰るは、かりがねにつらさやならへる。櫓の音ばかりまなべよかし。」など、口々に笑ふを、耳にもいれでこぎ去りぬ。いつかその雲のいとひろごりてけるが、かのともがらはつゆも知らず。日のかげろふも知らず。「今日は暑きばかりなり。」とて、肌ぬぐもあり。または衣などぬぎて、馳せありくもありぬべし。 
 雨に先立つ風の一通り吹き落ちたれば、こは花よと思ふものもなく、砂吹き立てたれば、ただ驚きてゐるがうちに雨の降り出でたり。はじめは心地よき雨などともいひたらんが、のちには人の声に雨の音もせず、馬を馳せて帰るもあれば、驚きあわてて堤よりまろび落つるもあり。女などは、いといたう見苦しきまであわてふためきて、はじめよそひしをも自ら夢とや思ふらんさまなり。まして酒に酔ひて濡るるも知らず顔に笑ひなどするもあれば、「思ひよらぬおろかなる雨かな。」と、怒りののしるもありぬべし。かの舟は早くこぎ行きぬれど、わが住む浦は遠ければ、とある橋の下に舟とめてゐしが、橋の上など人の走りさわぐは、鳴神のやうに聞こえぬ。 
 はや雨も数ふるばかりに河の面に見ゆるころ、夕月のことさらに新しくみがき出でたれば、はや雨のなごりもなし。堤の花いかがあらんとこぎかへして見れば、そのころははや人もなし。桜の木の間にほのぼのと月の見えたるは、わがためにつくりなしけんと思ふばかりなり。濡れにし人はいかがしたりけん、この月などは思ひもよらであらんなど、ひとり思ふも、何となく心おごり行きぬ。父母も、「われひとり人にこえて心地よきと思ふ時は。」と、いましめたまひたれば、またあやまちしぬべくと恐ろしくおぼえければ、飲み残したる酒携へて、つひにこぎ帰りしとか。 


花見の長閑(のどか)で優雅な風情ですが、天候の急変に驚くさまや、その後の花や月の心地よさに自戒する経緯が、何かを暗示しているのかも知れません。
粛正・倹約・・・の勧めと関連している、と言えないこともないような・・・でも、ちょっと無理がありますね。


もうひとつ、京都大学入試の古文出題から・・・これは逆にとても短い文章ですね。

【問題】
次の文章を読み、後の設問に答えよ。

 藤の花は近う見れば美しけれど、あまりに近づくれば薫りはまたよからず。はなやかに咲くかと見れば、末までは開きえず。ことにおのれひとり盛りを見すること難く、かならず異木によりて丈高きいきほひ見するが、そのよりそふ木の枝も花も見えぬばかりにおほひぬれば、その木もつひに枯れぬるにぞ、われひとりの心ばへ見えて木高く咲きみつると思へば、嵐などにあふ時、もとより枯れし木なれば打ち倒れてけり。高く見えし花もつひに草むらにうづもれて、また見る人なし。
(花月草紙)


設問 原文では右の文章の末尾に、「代代のせうじんの情態にもたとへつべし」というしめくくりの一文が続いているが、 
(1)「せうじん」に対しては、いかなる漢字が当てられるべきか。その漢字を書け。
(2)この文章の筆者は「代代のせうじん」のどのような情態を思いえがいているか。
  一〇〇字以内で説明せよ。

こちらは、後日(中。)の解答と詳細解説を載せます。
宜しければ、解いて備えて下さい。


最近、(中。)授業の開始・終了時に、
お決まりの「起立(気を付け)~礼(よろしくお願いします・ありがとうございました)~着席」をやめて・・・、

「(着席したままで)姿勢(背筋を伸ばす)~礼~お願いします(ありがとうございました)」を、励行しています。

エレガントに、インテリジェントに・・・いかがでしょうか。

感性(慣性)の改革」なのです。






 

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