NPブログ - Leitmotiv ~言葉・論理・主題連鎖への旅~

カテゴリ: オリジナル小説

[後日談・さよなら]

世界有数の離着陸しにくい国際空港。機長に過度の緊張を強いるが、乗客にも気分の穏やかなものではない。そこを十年ぶりに出ることにした。眼下に遠ざかってゆくのは、狭い湾岸に臨みながら人口ダム湖のある山並みが迫りくる密集の商業都市。
周さんは驚くほどの餞別をくれた、当面はそれで食いつないでゆける。でも、こんなに儲かっていたのかよ、使い走りとは言え貢献してたんだな。
警察への密告は、以前から不満を持っていた上客の一人ということになっているらしい。不満というのは不思議なもので、ツアー自体は内外の一般セレブ対象なのだが、オプションは極秘を要するので、かなり限定的に招待客を絞り込んでいた。それがお気に召さなかったようだ。もっと開放しろってことだ、同伴の相手をころころと変えるため、やんわりご注申をしていたのが裏目に出たという。

でも、それも、ほんとうは違う。
オレだった「私」だ。

まあ、それもこれも、もうすべてに『再見』(チョイキーン)だ。
次はどこへ行く。
ニキはどこにいる。

海も空も青く青くつながっている。
彼女に。


[回想談・サヨナラ]

本島に戻ってくる頃には、気分はすっかりよくなっていた。スキヤキを御馳走するわというダイヴ・インストラクターの彼女に連れられて、街の広場から円心状に広がる繁華街の場末にある「le souvenir 」(ル・スーヴニール)というお店に行った。

「思い出」っていう意味よ。
日本のお酒が飲みたいわ。
もちろんたくさんあるわ。

プレートに盛り付けるスキヤキって初めて食べるわ。
そう、生卵を割って上からかけるの。
なんだか全然別の料理みたいね。

どう、「天国風」は。
すてき、とろけて昇天しそう。
ほめすぎよ、それに危ないわ。

眩暈(めまい)は?
もう大丈夫。
ふうん、でも心配したのよ。

明日には、この街を出よう。
車の免許更新も整備点検も全く無い、すぐに墜落してもおかしくないポンコツのセスナ機が飛び交うリゾート。
生きていることを大袈裟(おおげさ)に感じさせない時の流れこそが天国風。
今の彼にも、目の前の彼女にも「Au revoir」(オ・ルヴォワール)。
仁紀、あなたはどこにいるの?

【暴発】

突然の悲鳴に続いて、紙切れと火薬臭い粉が散乱した。花火、爆竹、散弾、薬品、炎上・・・火は瞬く間に拡がって、パーティー会場は形をとどめずに呑み込まれてゆく。
陳さんっ・・・NIKIIII・・・遠くに眼と声を交わしながら、自分だけが逃げるが勝ちとお互いに思っている。しかし、なぜ、陳さんがあそこに・・・それに、なぜオレはここに・・・。
「POLICE!!」見張り役が信じられないように叫んだが、それも定かではない。しかし、合法とは言えないまでも、これぐらいの饗宴はお咎め無しだったからね。おいおい、発砲かよ。それにしても、なぜ出火するんだ。

ツアー客は、自分たちこそ騙された、被害者だと決め込むのが最適とばかりに、逃げる逃げる逃げる。
MAGIC MUSHROOM・・・まやかしの どろどろした安っぽい言葉たちの 部屋・・・

リークしたのは、オレ。


《落下》

どうしたのよ。
もう上がれない。
それはいいのよ、無理しなくても。でも、真っ青よ、震えもひどい、ねえどうしたの。

気が遠くなってゆく・・・どこかへ果てしなく、落ちてゆく。
それは空の青かもしれない、そう、空へ落ちてゆく・・・。

ニキ! ニキ!
だめだわ、だんだんわからなくなる。
助けて、ここは天国に一番近い島・・・。
ほんとうに天国だったら、もう帰れないから・・・

来たかったのは私、来たくなかったのも私。






【 マスカレイド 】

仮面はしていないが、存在自体が仮面なんだ・・・と周さんはよく呟いていた。陳さんの懐刀(ふところがたな)の一人だったが、彼がこの街に転がり込んできて暫く経った頃に、同じノウハウを持って独立開業した。
その言葉は、もてなしているツアー客たちに向けられるようにも、周さん自身を物語るようにも、人生とはの回答であるようにも思えて、可笑(おか)しかった。

何を期待して目論んで、束の間の虚実に身を委ねるのか、立食の乾杯は繰り返されている。
通信機器タブーが暗黙のお約束だった。人は人の目を見ながら手ぶらで話すべきだ、携帯端末画面をつつきながらの間接話法に明け暮れてはならない。
それでなくても架空の世界を生きているのだから。

WHERE YOU FROM?

I’VE FORGOT......NNNMMM......

MAY I HELP YOU?

WELL,TOMORROW NEVER KNOWS. 

ケセラセラだね。
客たちと見分けがつかない自分を演じながら、隠し持った当夜の意図は顕(あら)わにされつつあった。
小さな爆発がこの後起こるのだ。
何人の連中がその爆風で吹き飛ばされるだろう。
スノッブでリアルな夢と希望もまた雲散霧消するのだろうか。

秒読みの・・・仮面舞踏会・・・。



《 クーカーニョ 》

案内人が頻(しき)りに使う言葉は、フランスの標準語ではない俗語のようだった。
桃源郷だよ、と彼は教えてくれた。
トーゲンキョー?
そう、桃花源、理想郷・・・。
トーカゲンは余計分からず、リソーキョーで漸(ようや)く何となく分かった。
でも、いつの間にか案内人も彼も姿を消し、彼女が代わりにそこにいた。

灯台、登ってみる?
何があるの?
展望台。
・・・じゃなくて、何が見えるの?
・・・天国・・・らしいわ。

灰褐色(はいかっしょく)の石でできた螺旋(らせん)階段をゆっくりゆっくり廻(まわ)ってゆく。
理想郷に行けるの?
近づけるかもね。
途中にきれいな正方形の小窓があった。
塞(ふさ)ぎ板は外れたまま。

覗(のぞ)かなかった。
まだ見たくはなかった。
上へ上へ。

・・・すべてこの言葉で済むのよ。
魔法みたいね。
そう・・・
s'il vous plait

シル ヴ プレ・・・どうも、どうぞ、お願い・・・。
s'il te plait シル トゥ プレって言うのよ、親しい人には。
お願い、やめて、もう登りたくない。

【 霹靂(へきれき) 】

運河と水上生活者居住区から程良く離れたリバーサイドに☆☆ホテルはあった。
連中が戻って、その夜のオプションである「わくわくパーティ」が始まる頃、街は突然の雷雨に見舞われた。

ここではよくあることだ。
それもまた集いの胡散臭(うさんくさ)さに花を添えてくれるだろう。

GOING UP?
エレベーターの前で、うろうろ迷っている男に声をかけると、YES,YES,YES。
まったくもう。

最上階の展望は、かなりの広角ビューだ。夜景でも有名なこの街は今、闇の帷(とばり)の中に光とシャワーが乱舞交錯している。

お似合いの遊山(ゆさん)客たちの中に溶け込んで彼はいた。


《 悠遠 》

360度の蒼穹(そうきゅう)の下、白い細粒の砂浜が、遥か遥か拡がり伸びていた。
気紛れな新婚らしきカップルが、WHERE YOU FROM?

WE WANNA FORGET......
私たちは、残念だけどあなたたちとは違うのよ。
虫が蛹(さなぎ)になり、とうとう動かないままに終わってしまうことがごく稀(まれ)にあるように、止まってるのよ。

でも、何かを捜しに来たんだよね。
そんな眼差しを交わそうとするが、視線は離れて、蜃気楼(しんきろう)のような水平線に泳いだ。

焦げつくほどではない、心地よい南の島の冬のサンドの熱さを感じながら、どこまでも歩いた。

いっしょに・・・いつあなたはいなくなったの・・・。
そして、いなくなったあなたの代わりに彼女がいたの、そこに。

【行方】

楽しいからここにいるのか、ここにいるから楽しいのか、わからない程度の愉悦(ゆえつ)だった。仕事を回してくれる陳(チン)さんは、若いうちはそれもいいだろう、いずれこの町を出てゆく時には苦痛に歪んだ顔になっていないように、せいぜい金を大事にしなさい、と北京語で言う。

なんとなくしか聞き取れないが、さほど差し支えない。今日は、ペニンシュラ御一行の買い漁(あさ)りをエスコートしたので、一張羅(いっちょうら)のスーツにした。やつらはジャージ姿にウィンドブレーカーだった。フルマラソンの海外ツアーで恒例になっている市内散策コースだ。

ブランド、珍品、逸品・・・そんなものはすべて贋物(にせもの)だ、お前たちの存在もあわせて・・・と心で呟きながら、まだこんな感情が残っていたことに驚く。

どこへ行く、観光地にいることに飽きたら、次はどこへ。
その問いは、自分に向けられたものだった。

《短信》

ボートは思っていたよりも大きかったが、揺れはひどかった。20kmぐらい沖にある小島の灯台が乗合客たちのお目当てのひとつだった。

桟橋を降りたほとんどの連中は、ふらつく足取りでショップ横にあるトイレに駆け込んで行った。

どうしてあんなに飛ばすの。
わかんないけど、サーフィンが好きなんだよ船長、きっと。

灯台は一部工事中で、一番上までは上がれなかった。
そこまで上がると天国が見えるはずなのに・・・。

見えなかったわ・・・ポストカードにはそれだけ書いて出そう。

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