NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

カテゴリ: 新倉先生

ちゅうしゃばの
ひがんばなくち
じっしゅうき

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通りすがりの彼岸中日に明日から
開催の「それぞれの宮沢賢治展」
に出品する画入り小色紙等などを
黒バッグ肩掛けながら国道沿いの
バス停へ歩いていて… 目にとまり


新倉和文先生が鬼籍に入られたのは
十年前の9月21日でした… 仏事では
一周忌(一年後)・三回忌(二年後)・
七回忌(六年後)・十三回忌(十二年後)
以後十七・二十五・三十三・五十と
法要がありますから… 十周忌は普通
営まれずに心のなかだけになります


賢治忌が同じ9月21日なので今年度
は当ブログで宮沢賢治のことを記し
ただけの…その翌日の昼過ぎでした

研修医をしている
共通の教え子男子
からこんなLINE…


ご無沙汰しております。
1日過ぎてしまいましたが、昨日は新倉先生が亡くなられて10年の日でしたね。本当にあっという間に過ぎてしまった10年でした。
あの時はまさか10年後に此処で働いているとか、会う人会う人の顔の下半分を知らない世界になっているとか、全く想像しなかったですね。本当に色々なものが目まぐるしく変わってしまいました。

一方でこの10年間で変わらなかったものって何かあるんだろうかと考えてみたのですが、ほとんど思いつきませんでした。唯一変わらない新倉先生、NP先生、その他大勢の先生方への感謝の気持ちをお伝えしたく、連絡させていただきました。先生方に導かれて今ここにいるということを忘れず、精進していこうと思います。

コロナ禍が落ち着くのが一体いつになるのかわからないですが、大谷本廟で先生方にお会いできる日を心待ちにしています。それまでお体に気をつけてお過ごしください。僕も遠く離れたほぼ異国の地で頑張ってこの局面を乗り切ろうと思います。


たいへん有り難く嬉しいメッセージでしたが
激励の気持ちが強く勝りついつい辛口の返信
をしてしまいました… スタンプはゆるキャラ


思っているだけでは伝わらず「去る者は疎し」
日々に…が最早日常ではなくなっていますから
… 手紙で返事を書こうと思います…遠い異国に


しんくらさん
もういまなら
はやすぎるよ
なんていわず
すんだかもね

まだはやいか



【永訣の朝取つてきて曼珠沙華】
(2020.9  九月二十一日へのオマージュ)


【畦道を見守るがごと彼岸花】


田んぼの畔に彼岸花がよくあるのは
茎根に苦味があり土竜(モグラ)から
稲を守る働きがあるそうで(夕刻TV)

説明不要なのですが新倉先生への
追悼でもあり思っているだけでは
伝わりませんから… ありがとう🍀



本廟には故 新倉和文先生(享年59歳)が眠っています…
九年半前の9月21日に逝去されました… 多くの教え子
や関係者に惜しまれ…早すぎました…清水の五条坂に
西大谷で龍谷山本願寺の大谷本廟…無量寿堂内福成寺。


祖廟には亡父(享年88歳)が眠っています… 五年三か月
前の12月26日に他界しました…長生きするから米寿の
祝いはしなくていい… 気丈でした…八坂神社 円山公園
奥に東大谷で本山本廟の飛び地の大谷祖廟… 同朋御廟。


春彼岸のお参り…一年前は自粛しましたが…雨で人も
少なく相応しくしめやかにお参り合掌(お詣りは神社
で柏手)して参りました… 本廟へは先生の宇和島時代
の幼馴染みYYさん(ご活躍中フリーデザイナーのかた)
とご一緒しました…二年ぶりにお会いできた月命日…
先月刊行の先生の共著本と昨年秋刊行のゆかりのかた
推薦文童話本と… 先生の菩提寺の出石福成寺の並び堂
の観音扉を開けて 合わせてお供え(お花も持ち帰り)…
広い無量寿堂一階にはほんとうに人影まばらでした…
昼食は祇園まで歩いて…不人気店(ふひとけみせ…密を
避ける)で定食を美味しい話… 先生と二人の少年時代
からYYさんの近況まで…と共にいただきました…旨い。


祖廟には先立ってひとりでお参りしました…ここには
友人のゆかりのかたも眠っています…蝋燭とお線香と
他の参拝のかたも順序よくソーシャルディスタンス…
待ち並びお焼香と合掌と… 父には夢に出てきた話を…
この夢見のことは改めて別稿の社会心理学者フロムの
「夢の精神分析」として当ブログでお伝えします…。


【祖廟から本廟彼岸の雨の中】


【偲ぶには愛語の似合う春参り】


「愛語」は本廟

「同朋」は祖廟


先生ゆかりの方がたお元気ですか?

(午前十時の予約投稿です… 合掌)

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故 新倉和文先生と楠淳證 龍谷大学教授の共著
『貞慶撰『観世音菩薩感應抄』の研究』(2021
年2月25日初刊)…「あとがき」の一節(抜粋)


「共著者」である新倉和文氏ですが、氏は
今から九年半前の平成二十三年(二〇一一)
九月二十一日に、癌のため逝去いたしました。
まだ五十九歳の若さでした。存命であれば、
さらなる研究成果を学界にもたらしたことは
間違いなく、今なお残念でなりません。では、
なぜ故人を共著者にしたかですが、実は私と
新倉氏とは長年にわたる「学友」であり、共
に貞慶を研究対象として切磋琢磨してきた経
緯があり、将来的には『感應抄』の共同編集
も視野に入れつつ、存命中より種々の相談を
していたからです。
    私と新倉氏との交流は大学院時代にまで遡
り、昭和五十五年に出会ったのが学友として
の交流の始まりです。
(中略)
… 事前の準備があったとはいえ、コロナ禍の
本年六月半ばより書き初めて十二月(三校すみ)
末まで、約六ヶ月もかかってしまいました。
これは新倉氏亡き今、何事も一人でしなけれ
ばならなかったためではありますが、しかし
「よき学友」であった新倉氏とのかねてから
の約束が没後十年を目前にして、ようやく履
行できたかと思うと、感慨深いものがあります。
(後略)


楠先生の この あとがきを「心あたたまる話」と
NPが思ったのは…一周忌・三回忌と幾度かの大谷
本廟お参り等を除き…「去る人は日々に疎し」を
実感しているなかで楠先生はずっと新倉先生との
「約束」を心に届めながら九年半を過ごされた…
ことによるのです…「貞慶(じょうけい)」のよう…
標題は新倉先生の~と同時に楠先生の~ですね。


先だっての当ブログ記事
「新倉和文先生の研究書が刊行されました」を
読んで…「心温まる話」が知りたいです…という
OGからの心あたたまるLINEを貰いましたので…
彼岸入りで月命日の二十一日を前にお伝えして
おきます… 春のことです~思い出してご~らん🎵


【いなくても頑張れる春大丈夫】


新倉さんの最期のメッセージでしたね
… もう出ない声をふりしぼって病室で
「いなくても頑張れる」彼岸参り今年
もできなかったら… また来春皆で是非
… 「大丈夫大丈夫」も口ぐせでしたね。


(合掌)


(これも午前十時の予約投稿に…超朝型ライフ中)

新倉先生の奥様からリーク回顧コメントを戴いて。


いろいろ昔からうるさくして申し訳ないです。
私がうとうとしていたら、寝るな、俺の話を聞け
と、貞慶の話をしていました。テキトーな相槌を
打つな、ちゃんと聞けと面倒な人でした。ダンナ
の書いた章は、散々聞かされたので、読まなくて
も良いかなと思っています。(ok)


先生らしいエピソードです…勿論ブログ援用許諾済。

続編で「心温まる話」お伝えをとガクシュウ復習中。

本日読み耽った一紙一書一本…新聞と本はコンビニ。


追句
【涅槃で待つ面倒な人春彼岸】⌛️
(宏川)


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⌛️涅槃(ねはん)・・・
仏教で悟りを開いた解脱(げだつ)世界のこと
「涅槃で待つ」は俳優 沖雅也の遺書の言葉
…但し釈迦入滅の日ととるならば仲春の季語。


貞慶撰『観世音菩薩感應抄』の研究

龍谷大学仏教文化研究叢書の第41巻

楠淳證・新倉和文 共著(法藏館2月) 


「貞慶」は新倉先生が心底惚れこんだ
(言い方は変ですが…心底そう思わされ
ましたよ… あの当時 一緒に海住山寺や
笠置寺に行こうと言っていました真顔)
研究対象でその流れからの後白河法皇
譚も山ほど聞かされた記憶があります。

で…その二寺は解脱上人と言われた貞慶
ゆかりの寺です… 興福寺もそうですね…
奈良時代 平城京の南都六宗 法相宗です
… 学問的にも勿論でしょうが人物像や
生き方を合わせて「じょうけーはな~」
と彼(シンクラさん)は繰り返し言って
ましたねカリスマ教師… もういません
五十九才の若さでした…「存命であれば、
さらなる研究成果を学界にもたらした
ことは間違いなく、今なお残念で…」と
楠先生は あとがきで述べられています。


くすのきじゅんしょう龍谷大学教授は
故新倉和文先生の菩提寺である福成寺
(ふくじょうじ兵庫県豊岡市出石町) の
ご住職で文学博士…ご専門は唯識仏教。

大阪大学文学部から龍谷大学大学院の
博士課程で仏教学を研究し満期退学の
新倉先生… 「よき学友」(あとがき) で
九年半前のお通夜ご葬儀の僧侶ご弔辞
またその後の法事法要もお勤めの楠氏。


この貴重な新刊書は新倉先生の奥様の
贈ってくださった一本で…楠先生の心
温まるあとがきから読み始めました…
(それは よくやる読みかたでオススメ)
何しろ仏教研究の専門書ですから読ん
でも翻刻や法相唯識(ほっそうゆいしき)
観世音菩薩(かんぜおんぼさつ)更に更に
感應抄(かんのうしょう) ちんぷん漢文…。

… でも一所懸命に判るところだけ拾うと
… 深い無常観や融通無礙(ゆうずうむげ)
帰依化身(きえけしん)…感應抄は建久7年
(1196年 九条兼実の関白罷免の政変の年)
成立だそうで… 時を越えてキミを読める
かほんとうにキミを見守れるか~。🎵🎵


昨日「想い出の箱」のようなゆうパック
が届き(昨夜はバタンキュウ星人…) 今朝
開けてみて…南都南都の驚きで他にも…
虚子の『新歳時記』(昭和9年)や稀食材…
こちらはまた別稿にあらためますが先ず
啓蟄の候に相応しい戴き物に感謝ご報告。


【啓蟄になんと貞慶本届く】
(宏川)


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