NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

カテゴリ: 詩・短歌・俳句

無言・静寂と書いてどちらも「しじま」です

画像左手が大谷祖廟の本堂で正面上方に御廟

大谷では毎月13日28日に法話があります

この日も永代経法要の回向読経の後15分程

「無量寿」(むりょうじゅ:無限の命)
「無量光」(むりょうこう:無限の光)

どちらも阿弥陀如来を指すという今日の学び

「ひかり」はわたしの連作小説の主人公の名

又NP誌でお会いできると嬉しいのですが⋯⋯

作中では関西学院大学に進学希望の十七歳で

クリスチャンでも仏教檀家でもない設定です
ただ舐瓜(メロン)が大好きなキャラなので

古い友人に貰った命日供養の一切れを下方に


【古き友より供養の舐瓜届く】



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神社などの祭事ではなく
政事つまり政治のことが
「政(まつりごと)」で

「無」の意を持つ「なし」
には色々あって勿の他に
莫・毌・亡・微が漢文で
読みも問われてよい一字。


わたしは大相撲も好きで特に
出身大学関係などサポーター
人気を誇る宇良関やこちらも
出身国応援は別にして人気の
安青錦関の星取りには最注目。

そして大相撲にはロシア🇷🇺出身力士も
ウクライナ🇺🇦出身力士同様にいるのだ
がスポーツ選手(アスリート)として
の取り扱われかたに政争や戦争の影が
あってはならないと強く考えている。


それは自明でしょうとするかたが沢山
いてほしい⋯⋯政治利用と言えばあの
ベルリンオリンピックでのヒトラーを
想起してしまう⋯⋯故手塚治虫さんの
『アドルフに告ぐ』の序盤の名シーン。


「大暑」という季語はただ昨23日が
二十四節気の大暑だった「二物衝撃」
程度だが昨今のスポーツへの政治介入
は全世界的な猛暑にも繋がる暑苦しさ
があるようにも思われてならないのだ。


復活した「伸ちゃん」に昨日執筆同人の
北田真平さんとご一緒して歓待して貰っ
たのだが⋯⋯この大盛にみえる蕎麦の下
に隠れているのは何?(解答は画像下方)


《ヒント》
話の流れからすると「政治」に似たような
「食わせ物」だと思われたかも知れないが
わたしは政治そのものが悪であり危険だと
言いたいのではなく「粘り強い発酵型」で
あってほしいと願っている⋯⋯閑話休題。




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[解答]

【夏は夜納豆蕎麦を掻き混ぜる】


二つあるかけの漢字はなんでしょう?

かけという漢字たくさんかきましょう

神楽そばかけ蕎麦画像の下のほう

回答があるのだけれどその前に

考えてみましょうまずは自分でも

みなさんは解答求め過ぎですよ

間違っていても回答かきましょう


【坂道を登るこたへは蝉の声】


こたへにも答へ応へと対へ堪へ⋯⋯

人の世のこたへにも似て数多あり


追伸でなぜ三日目は大事なの?


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かけ蕎麦のかけは
つゆ(汁)をぶっかけるので「掛け」

夏にかけは
小論文指導員としては「書け」「賭け」


他には
懸け・架け・駆(駈)け・翔け・描け
繋け・驅け⋯⋯更には掻け・欠け⋯⋯


《追伸》
三日目の大事さは
三日坊主、三日天下という言葉があるように
短い期間で終わってしまう故事や喩え話から

桐の花桐の花やまひ癒えたり

(今朝のNHK短歌より宮沢賢治十七歳の作)

上の句だけで俳句として成立するような⋯⋯
雲はいまネオ夏型にひかりする(賢治代詠)。
  
今朝のNHK短歌は「雲」がテーマなのですが
『春と修羅』の「雲平線」(うんぴょうせん)
という言葉を用いた詩の紹介がありました。

賢治はやはり詩と短歌がいいですよねえ⋯⋯
俳句は生涯三十句で義理で創作した菊品評会
の副賞句が半数ですが短歌は940首です。

詩は約700〜750編(作品)で未定稿や
ノート・手帳への書き付けも多くて代表作の
「雨ニモマケズ」は没後手帳での発見でした。

ところで「桐の花」は初夏「今」の季語です
⋯⋯薄紫の多重の小花でフリー画像から以前
ならいただいたのですが最近はタダほど怖い
ものは無いような気がして怪しげな会員登録
には寄り付かないことにしています。(^^)/


【桐の花越しに賢治の雲平線】


因みにNHK俳句はドタバタした再放送でした。

「おくのほそ道」の旅
北陸路で松尾芭蕉は⋯

小松(現在の小松市)の建聖寺に
《しほらしき名や小松吹く萩すすき》

大聖寺(同 加賀市)の全昌寺に
《庭掃きて出でばや寺に散る柳》

⋯の句をそれぞれ残しています。


今回の大学同期会(於 テルメ金沢)での
往き帰りに芭蕉とは順逆で大聖寺駅から
全昌寺を小松駅から建聖寺を訪ねました
⋯往きは秋日和で穏やかでしたが帰りは
本降りの雨になりました⋯大聖寺の駅は
共に第三セクターのハピラインふくいと
IRいしかわ鉄道の相互乗入ターミナル。


【芭蕉見し萩薄無く柳無く】


芭蕉の句作順で建聖寺と全昌寺での状況
の大きな違いは「曽良の在・不在」で⋯
小松を出て共に那谷寺(なたでら)経て
山中温泉で二人は曽良の゙腹病という理由
で(曽良は伯父の伊勢の国長島へと先行)
別れて結びの地大垣まで二度と会うこと
はなく⋯つまり全昌寺は一人旅の芭蕉の
初句になるのです⋯一人寂しく庭を掃き
清めて(当時の禅寺宿泊慣行)出たい⋯
しかし追い縋り短冊を求める若き僧達に
囲まれ芭蕉はどうやら妙に越前へと急ぎ
礼を失しているようなのです⋯句は建前
で何やら謎がまた残されたような出立⋯。


はぎやすすきややなぎは御寺のかたに
お尋ねすればあったのかも知れません
が⋯いづれも影なくまさに幻か霊か⋯。


【萩薄柳芭蕉の霊の傍(そば)】


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