事故二十一年目を悼む
毎年四月二十五日はわたしにとっても
特別な日だ⋯⋯仕事で授業があるなら
必ず語ってきた⋯⋯わたしにとっても
というのは大学時代の友人がJR福知山
線(当時)事故の当事者だったからだ。
昨日その大学時代の学友(悪友)たち
で作るグループラインで聞いてみると
彼は今年も追悼の慰霊式に奥様と出席
するとのことだった⋯⋯かなりの重症
を負ったものの彼は生存者だったから
で⋯⋯助けてくれた人や支えてくれた
家族や知人への更に自身が生かされて
いることへの感謝を忘れない人なのだ。
「当事者」に及ばぬまでも少しばかり
の思いを共有する人のことを「共事者」
と呼ぶ⋯⋯今朝の神戸新聞第一面左下
コラム「正平調」にはその「共事者」
としての「惜春」の思いが述べられた。
もうすぐ事故のあった時刻9時18分
が来る⋯⋯わたしの大学学部学科同窓
で遥か後輩の芥川賞作家に松永K三蔵
さんがいて先日対談講演会に行く機会
がありサンゾウさんは世の「不条理」
のことを「なんでやねん」と表現して
いた⋯⋯なんでやねんという心の傷み
に耐えることは「それでも生きる」と
いう強さに通じるかも知れずそのため
に「共事者」として今年も祈りたい。
近しい人を一瞬にして喪って今も生き
る方がたや生存者として心身の傷みを
抱きながら生きる方がたと共に惜春の
四月二十五日を過ごしたいこれからも。
【いのちありけり惜春の白い空】
毎年四月二十五日はわたしにとっても
特別な日だ⋯⋯仕事で授業があるなら
必ず語ってきた⋯⋯わたしにとっても
というのは大学時代の友人がJR福知山
線(当時)事故の当事者だったからだ。
昨日その大学時代の学友(悪友)たち
で作るグループラインで聞いてみると
彼は今年も追悼の慰霊式に奥様と出席
するとのことだった⋯⋯かなりの重症
を負ったものの彼は生存者だったから
で⋯⋯助けてくれた人や支えてくれた
家族や知人への更に自身が生かされて
いることへの感謝を忘れない人なのだ。
「当事者」に及ばぬまでも少しばかり
の思いを共有する人のことを「共事者」
と呼ぶ⋯⋯今朝の神戸新聞第一面左下
コラム「正平調」にはその「共事者」
としての「惜春」の思いが述べられた。
もうすぐ事故のあった時刻9時18分
が来る⋯⋯わたしの大学学部学科同窓
で遥か後輩の芥川賞作家に松永K三蔵
さんがいて先日対談講演会に行く機会
がありサンゾウさんは世の「不条理」
のことを「なんでやねん」と表現して
いた⋯⋯なんでやねんという心の傷み
に耐えることは「それでも生きる」と
いう強さに通じるかも知れずそのため
に「共事者」として今年も祈りたい。
近しい人を一瞬にして喪って今も生き
る方がたや生存者として心身の傷みを
抱きながら生きる方がたと共に惜春の
四月二十五日を過ごしたいこれからも。
【いのちありけり惜春の白い空】










