NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

カテゴリ:詩・短歌・俳句 > 芭蕉と「奥の細道」

「おくのほそ道」の旅
北陸路で松尾芭蕉は⋯

小松(現在の小松市)の建聖寺に
《しほらしき名や小松吹く萩すすき》

大聖寺(同 加賀市)の全昌寺に
《庭掃きて出でばや寺に散る柳》

⋯の句をそれぞれ残しています。


今回の大学同期会(於 テルメ金沢)での
往き帰りに芭蕉とは順逆で大聖寺駅から
全昌寺を小松駅から建聖寺を訪ねました
⋯往きは秋日和で穏やかでしたが帰りは
本降りの雨になりました⋯大聖寺の駅は
共に第三セクターのハピラインふくいと
IRいしかわ鉄道の相互乗入ターミナル。


【芭蕉見し萩薄無く柳無く】


芭蕉の句作順で建聖寺と全昌寺での状況
の大きな違いは「曽良の在・不在」で⋯
小松を出て共に那谷寺(なたでら)経て
山中温泉で二人は曽良の゙腹病という理由
で(曽良は伯父の伊勢の国長島へと先行)
別れて結びの地大垣まで二度と会うこと
はなく⋯つまり全昌寺は一人旅の芭蕉の
初句になるのです⋯一人寂しく庭を掃き
清めて(当時の禅寺宿泊慣行)出たい⋯
しかし追い縋り短冊を求める若き僧達に
囲まれ芭蕉はどうやら妙に越前へと急ぎ
礼を失しているようなのです⋯句は建前
で何やら謎がまた残されたような出立⋯。


はぎやすすきややなぎは御寺のかたに
お尋ねすればあったのかも知れません
が⋯いづれも影なくまさに幻か霊か⋯。


【萩薄柳芭蕉の霊の傍(そば)】


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今夏⋯いや酷暑の立秋過ぎて
江戸経由で山形の最上川から
羽黒山・月山〜酒田〜象潟〜
越後路〜北陸道〜一振〜金沢
へ入る旅程を目論んではいた
ものの危険な異常気象で断念。

ちょうど今年は立冬(11月7日)
からの三日間恒例の大学同期会
が金沢であるのでせめて北陸の
芭蕉探し⋯大聖寺、小松で途中
下車してJR金沢へと逆周りの旅
を企画している⋯冬の同行二人。

漸く勤務先の定期仕事も片付き
最も肝心の参考文献で愛読書の
『芭蕉おくのほそ道』講読再開。

芭蕉は腹病を抱える同行の河合
曽良と山中温泉で別れて以後は
結びの大垣まで再会はしないが
⋯その直前パーツと言ってよい。


同行『曾良旅日記』との異同比較や
博覧強記の注釈書『奥細道菅菰抄』
(越前丸岡の蓑笠菴梨一 撰)も楽し
めて⋯地図付きで宿泊先と天候一覧
に発句索引と20頁に及ぶ解説他⋯
至れり尽くせりの岩波文庫でオール
インワンとは此の一冊かとオススメ。

小松は名探偵コナン「金沢・加賀ミステリーツアー」
重要ヒント・チェックポイント地⋯もはや懐かしい。


【愛らしき小松の風に萩薄】
(「超訳  奥の細道」第三回より)



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大阪と京都の中間地にある
高槻市図書館で読んでいる。

前職の組合OBみたり会が
阪急高槻市駅近「蕗の薹」
(ふきのとう)で夕方から
行われるので早めに着いて
貴重な三時間を過ごすには
ちょうどよかった携行品達。

(ハーフタイム休憩の激写)

たまたま今朝、友人で岡山在住の先生から
「この奥の細道の本、すごく面白いです」
とのLINEがありわたしも再読中だったので
意を強くして⋯手帳に挟み持ち歩いている
新聞記事や立石寺で貰った資料プリントや
JR路線図などを合わせて「深川出発」から
「福島・名取・仙台・松島」まで楽しんだ。
  

見たものしか描かない画家クールベに倣い
最北の象潟(きさかた)まで現地現場主義
を貫くつもりだったのだが⋯今年の酷暑や
天候不順と地震・竜巻・台風などに加えて
標題本の下川裕治さんには以前から惹かれ
「行かなくても行った気分にさせる本」を
有り難く読み込んで⋯NP旅を熟慮再考中。


【よみかさね八重撫子のやうな旅】


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4月8日は灌仏会(かんぶつえ)
歳時記カレンダーには「花祭」
釈迦生誕の日とされています。

午前中で長田区にある高校での
仕事を終え午後は西隣の須磨区
須磨寺に参拝と花祭甘茶の振舞
と花見と句碑見と盛沢山の散策。

標題の句は芭蕉の須磨吟行句碑を
少し踏まえてみました…須磨寺や
と切れ字を使うのは妙味あります。


《須磨寺やふかぬ笛きく木下闇》
(はせを)

三夏の季語(こしたやみ)に笛音
が響くようです… はせをは芭蕉。

境内には平敦盛の首塚もあって
(胴塚は一ノ谷)敦盛の青葉笛
は宝物殿にと見処の多い須磨寺。


さて帰りには参道商店街にある
「寿し竹」で「うのはなランチ」
うのはなとはおからのことです。

卯の花は初夏の季語ですが季節に
ちょうど相応しいような青空で…
久しぶりの須磨寺満喫昼下がりに
穏やかな晩春清明に桜吹雪も少し。


【須磨寺の清明に映ゆはせを句碑】


【あつもりのさくらふぶきにみえしやう】


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ドクターSKに戴いた近況LINEに
金沢市と能登半島を巡っての帰路
敦賀の気比神宮に参拝し芭蕉像を
発見とのレポあり… 盆帰省の私は
往路途次で半世紀?ぶりにお参り。


【数珠忘れ浮世忘れの盆帰省】


帰省は夏の季語だが実際にはひと月あとの 
盂蘭盆即ち初秋に重なるのは「盆帰省」…。


奥羽への芭蕉を追う旅も実は参拝参詣をして
この十五年間に喪った近しい人たちへの鎮魂 
の想いを捧げてもいたので… その旅は敦賀に
芭蕉が月の句等を丁度15句遺していたことに
繋がっていて… 感慨ひとしおの汗まみれ。💦


標題句は種田山頭火の
「うしろすがたのしぐれてゆくか」に肖って
いて邪道句駄句なのだろうが…私は芭蕉像の
うしろ姿の美しさにとても心惹かれたのだ。


《月清し遊行の持てる砂の上》(芭蕉)📿


「おくのほそ道」(芭蕉の自筆表記)の長旅の 
終盤で北陸道に廻り敦賀の気比松原に立ち寄る
芭蕉はもうすでに次の旅へと心馳せ始めていた
… そんな気がしてならない月の句そして後ろ姿。


📿NP超訳・・・
【上人の遊んだ砂に月きらり】

[wikipedia参照編集]
遊行上人(ゆぎょうしょうにん)・・・
浄土宗の一派時宗(じしゅう)に於ける
指導者に対する敬称。 特に開祖の一遍や
その弟子で遊行派の始祖である他阿を指す。

著名な遊行上人・・・
一遍 - 初代遊行上人
他阿 - 二代遊行上人(真教)
他阿智得 - 三代遊行上人
呑海 - 四代遊行上人。清浄光寺(遊行寺)開基
他阿一鎮 - 六代遊行上人。迎称寺(こうしょうじ)
(京都市左京区浄土寺真如町)開基とも伝える。
他阿託何 - 七代遊行上人
(以下省略、芭蕉は二代を指したらしい。)


【遊行とも呼ばれてみたい盆帰省】



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