NPブログ「Leitmotiv 」言葉・論理・主題連鎖への旅

カテゴリ:食(しょく) > 果物

毎冬恒例の有り難い賜り物の段ボール箱が
徳島県那賀郡木頭アイターンの妹一家から
届きました… 完全無農薬有機のスグレダマ
… いつも感謝して近しい人にもお裾分け…。


標題句には
ゆずの2000年5月発売の曲名が入っています…
初恋のあの人 で北川悠仁さんの歌詞は始まり…。


学食の蕎麦麺の一すじ一すじ同様に
ゴツゴツの無農薬柚子玉一つ一つに
嗚呼、青春の日々のような爽やかな
そして帰らぬ哀愁の切なくも芳しい
香りがいっぱい詰まっているのです。


《柚子の花君に目があり見開かれ》
(佐藤文香)


柚の花(ゆのはな)・柚子の花は初夏の
季語… だから上記曲は5月のリリース
だったのかも… 柚子は晩秋の季語…。

冬至風呂には柚子玉沢山浮かべます
冬に青春の夏の日々を想い出して…
木頭にはNP二年間だけ住みました。


【柚子里に根を張り生きる人のゆず】


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柿と並べて食べずにみてる



それぞれ本場の長野奈良
ようやく秋の季語ふたつ

ラ・フランス(洋梨)三秋
富有柿は晩秋もうすぐ冬

斜(はす)に構えて見れば
フルーツは糖質豊かにも

ビタミンカラーは優しい
阪神タイガースの岩田稔

1型糖尿病と闘い続けて
甲子園で引退セレモニー

サウスポーのスライダー
きっと勝ち星よりも記憶

さようなら… 背番号 21
ありがとう勇気と希望


【ラフランス誰かの癒しと慰め】🍐


【優しさと正岡子規の柿が好き】


🍐・・・
梨の花言葉は癒しと慰め
柿の花言葉は優しさ恩恵

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関川夏央さんの『子規、最後の八年』の
感情を堪えて抑えた筆致に絆(ほだ)され
「十日の菊」のように「二十日の秋果」💠
🍎🍊🍇🍌🍐🥝(季節違いも含めて?)
纏めて籠に放り込みました…秋彼岸入り
(中日の23日秋分を経て26日彼岸明け)。


正岡子規…本名正岡升(のぼる)35歳
没年月 明治35年の九月に入っても
パイナップル🍍や焼栗🌰を食べて
梨🍐などは一切れ二切れではなく
一つ二つを食事時に食べています…
もっともっと喰い散らかし まさに
「獺祭」(だっさい:カワウソの祭り)
の如く 生きていたかったでしょう。



【鬼籍にて健啖家たれかし菊花】
(2020.9 賢治忌へのオマージュ)



忌日近い宮沢賢治は昭和8年(1933年)
9月21日没でこちらは37歳で鬼籍に…
前年度菊花展の俳句連作が遺ります…
満州事変は昭和6年9月18日勃発 不穏
の時代が再び三たび始まっています。


「それぞれの宮沢賢治展」への出品
作品… 下書き下絵を画き始めました。


【秋の日の果実祈りの藤籠に】



💠「六日の菖蒲、十日の菊」・・・
五月五日の端午の節句
九月九日の重陽の節句
に必須の
アヤメ(祓邪)・キク(慶祝)が
一日遅れになること
から
時機に間に合わず今更役にたたない

「二十日の秋果」は上のことわざを
元にしたNP造語…果物が好きだった
子規の忌日9月19日に間に合わない
が秋らしいフルーツを揃えている…
死因は子規が結核性の脊椎カリエス
賢治は急性肺炎で自家療法が仇に…
賢治忌には間に合いましたね…合掌。


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だっさいき(9月19日)

カワウソが獲物を祭り上げ
ため込んでは食い散らかす
さまを書物の散乱に喩えて

糸瓜忌(へちまき)・子規忌


明治35年に三十五歳で鬼籍入りした
俳人で歌人で文学者 正岡子規の忌日

病床句から柿・蜜柑・梨 …
見舞いに貰ったものですね


側に柿くふ人を恨みけり (M32)
飯くはで蜜柑を好む病哉 (M32)
大きなる梨を包みし袱紗(ふくさ)哉 (M32)



この明治32年(1899年)は日本に初めて
ペストが侵入したそうです… この面で
も二つの戦争の狭間の面でも世界進出


それから122年後…
子規逝きて119年後

この夏ずっと抱えていた課題(教員免許更新講習)
の提出物(レポート・アンケート・試験答案)を…
ようやく簡易書留速達で休日窓口から郵便で出し
… 寝不足を補ったあとに子規を偲んで二冊併読を


【子規忌には無理する臥せる喰い散らす】


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太宰治★の命日は6月13日…
これは心中行で玉川上水に
身を投じた日…遺体の発見
された6月19日を「桜桃忌」
としています… 誕生日です。

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一週のち…にはそんな意味を
掛けてみました…さくらんぼ
(山形の佐藤錦)を食べながら
短編「桜桃」を青空文庫で
読んでみました…スマホ画面。

「極めてまずそうに食べては
種を吐き、食べては種を吐き…」
黙々と摘まむのが太宰風です。🍒


読むたびに印象が変わります。

「涙の谷」の記憶あり
この下りは絶妙ですね
哀し過ぎる美しさです。








想い出すのは大学院の博士課程時代に…
一年下の後輩(経済学部で就職済の筈)宅
に集まりゲーム(流行り立てファミコン)
にも興じながら「俳句を捻(ひね)ろう」
などと真逆の風雅に身を投じたこと…。


桜桃忌友ありてこそ酒の味
雨やまず桜桃の味酒の味


なかなか凄まじい出来です
昼間から吞んでたんですね
…休日か… 今は音信不通の
後輩達と一人二人付き合い
が続いている同年輩の友人
がいたような気がします…。


高知に戻り塾長している友人
に…コロナ収束後に会えたら
「記憶の谷」を聞いてみます。

句はもっと酷かったかもね…。

今もね…。


【六月は太宰治の涙雨】

【桜桃忌涙の谷の記憶あり】


それは兎も角予報は☔
今宵上弦の月見られ
そうもありません…🌓
陰暦の皐月八日です。


《追記》
天気予報も変わってゆき
仲夏上弦の月を見ること
が出来ました… 吉田拓郎
(岡本おさみ)が「旅の宿」
で愛でたのは仲秋の上弦
… 陰暦で三か月のちです。


【旅の宿浴衣の君に逢ひたくて】


★・・・
太宰 治(だざい おさむ、1909年〈明治42年〉6月19日 - 1948年〈昭和23年〉6月13日)は、日本の小説家。本名、津島 修治(つしま しゅうじ)。左翼活動での挫折後、自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながらも、第二次世界大戦前から戦後にかけて作品を次々に発表。主な作品に『走れメロス』『津軽』『お伽草紙』『人間失格』がある。没落した華族の女性を主人公にした『斜陽』はベストセラーとなる。戦後は、その作風から坂口安吾、織田作之助、石川淳らとともに新戯作派、無頼派と称されたが、典型的な自己破滅型の私小説作家であった。[wikipediaより]

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